第22話 運転仕舞
盛岡で暮らしていた頃である。
公安委員会から三つ折り圧着葉書が届いた。
あらかじめボケの検査をせよといふ運転免許更新の葉書(医師脳)
「年寄りは運転などするな」と諭されたようで、何とも不愉快だ。
されば、運転免許証の更新など(あきらめるのではなく)端から潔く拒否! しよう。
晩節を堅持するうえで侮れないのは、高齢者が起こす交通事故。
……ということで、72歳の誕生日を前に、レガシィから外した御守りを運転免許証と一緒に神棚へおさめた。
「半世紀余の間、無事に楽しませていただき、ありがとうございました。これで運転仕舞に致します」
二十歳で運転免許証を取得して以来の愛車は、11台すべてが日本車だった。
アメリカにいた時でさへТОYОТAを運転した。
左ハンドルに慣れず、交差点を曲がるたびワイパーを動かしたことも今では笑い話である。
カリフォルニア州のライセンスは、渡米直後に一夜漬けの試験勉強で取得した。
週末に家族連れでドライブしたことが懐かしい。
カーナビなどない時代の頼りは(日本のJAFのような)AAA(トリプルA)でアレンジして貰った一綴りのドライブマップだけ。
それでも「何とかなる」と思える若さに助けられたのだ。
車社会のアメリカでは、既に当時から高齢者の運転が問題視されていた。
「望ましいのは高齢者が自発的に運転をやめることだが、それを受け入れられないケースの多いことは社会的な問題だ」と、まさに日本の現状である。
運転仕舞で不便は感じるが、逆に歩く機会が増えたのだから良しとする。
更に言えば、人類(の経済活動)が地球を破壊する時代【人新世】への抵抗でもある。
はからずも人新世に生くる身の矜持としての運転仕舞
(20230201)
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