第5話
「――と、悪いな。脱線した」
「いっ、いえ。こちらこそありがとうございました」
「なんでだ? 感謝される様な事。言ってないよな?」
「いえ。実は私。この仕事を始めて一年は経っているんですけど、未だにアイリンさんの事。分からない事があって」
そう言うと、ナインは「ああ」と頷く。
「アイリンは俺たちには言いたい事を言うくせに、そうじゃないと口数が少なくなるところがあるからなぁ。その割に頭じゃ色々と考えてんだけどな」
ナインは笑いながらそう言いつつ「でもな」と顔を近づける。
「君たちは随分と信頼されていると思うぞ」
「え」
「友人の俺が言うんだ、間違いない。それに、最初に会った時。サーナイトなんて……すんごい顔で睨まれたらしいからな。まぁ、もれなく俺もだけど」
そう言ってナインはその時の事を思い出すかの様に笑った。
「だから、何も心配しなくて良い。分からない事は素直に言えば良いし、むしろ言ってくれ方が助かるってもんだ」
「そっ、そうでしょうか」
「それに、言っておくけどな。魔法が使える人間は魔法が使えない人間とはまた違った『責任』ってモノがついて回るんだ」
ナインの真剣な眼差しに後輩は思わずたじろぎそうになる。
「責任……ですか」
「おう。言ってしまえば俺たちは大多数とは違う少数側の人間だ。一見便利そうに見えるかも知れないが、そこには色々な法律がついて回っている」
「法律……」
「ああ。例えば『故意に相手を傷つけない』とか『故意ではなく事故だった場合を立証するために魔法を使う場合は証拠を残すように努める』とかな。全く、正直面倒くさい事ばかりだけどよ。もっと面倒な事にならない様にする為には必要な事なんだよ」
そう言われて後輩は「ハッ」とした。
「言われてみると確かに……破魔師の方はいつも小型の映像記録装置を身につけていますね。もしかしてそれも?」
「ああ、もしものための措置だ。つーかそういった勉強はしないのか?」
ナインに尋ねられ、後輩は「えぇと……」と顔をそらす。
「実は、基本的に測定器で『魔法が使える』と判断された方は魔法が使える職員が対応していまして……」
「人手が足りない時は?」
「魔法が使えなくても長く勤めている先輩が……私はまだ勉強中で」
後輩はそう言いつつだんだん小さくなる。
「なるほどな。まぁ、去年入ったばかりじゃあ……仕方ないか」
「資格の手続きは去年先輩に付いてもらいながら何とか出来る様になったんですけど、普段の業務がようやくスムーズに出来る様になったばかりで」
「ははは。じゃあまだまだ発展途上ってワケか」
「そう……だと思います」
顔を真っ赤にしながら言うと、ナインはまた「ははは」と笑う。
「でもまぁ、色々と思うところはあると思うけどな。まぁ、頑張れ……と、書類はコレで良いか?」
「はっ、はい! ありがとうございます。後はこちらで手続きしておきます」
元気よくそう言うと、ナインは「ああ、頼んだ」と手続きに向かった笑顔で後輩を見送ると……。
「――ちょっと」
「ん?」
「ん? じゃないわよ。何、人の過去を勝手にバラしてくれちゃっているの」
そう言いながらアイリンはさっきまで後輩が座っていたイスに腰掛ける。
「仕事は良いのかよ」
「随分手続きに手間取っているなぁって思って様子を見に来たのよ」
「ちゃんと所長らしくしてんじゃん」
「茶化さないでくれる?」
「そんなに怒んなよ」
「でも……ありがとう」
「ん?」
「後輩に魔法が使える人間の大変さを教えてくれて」
アイリンの顔は向こうを向いていたけれど、言葉にはちゃんと感謝の気持ちが入っていた。
「ああ。まぁ、後輩ちゃんの気持ちも分からないワケじゃなからな。破魔師をやっていると、本当に色んな人に会うもんで」
「……本当に大変なのね」
「罠に嵌めようとするヤツなんてザラだからな。それでも昔よりは全然マシ。だからまぁ、その辺りはサーナイトに感謝だな」
そう言ってナインはニヤリと笑う。
「ところで、最近あいつとは会ったのかよ」
「……ええ、今でもたまに」
「へぇ。何の話をしてんだ?」
「別に。ただの世間話よ」
アイリンが答えると、ナインは「そうかよ」と答える。
「……と、そろそろ行くわ」
「ええ」
「今度は指導者資格取りに来るから、そのつもりで」
「ふふ。待っているわ」
そしてナインは無事に認定員の資格を取得し、破魔師の資格指導者の資格も取得した。聞いたところによると「史上最年少」だったらしい。
――さすが。
アイリンはその事実を知ると、心の中で思わずそう呟いたのだった。
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