第3話


 女性はアイリンに名前を尋ねられて一瞬体をビクッとさせて無言だったけれど。


「オッ、オリビア・マーティンです」


 小さい声でそう言った。


「……そうですか」


 ――多分偽名でしょうね。


 アイリンの前にいる女性は最初こそフードの影で髪の色や顔は見えなかったけれど、ほんの少し話をしている内に顔や髪は見えた。


 それを見た限り『アレクサンドラ・オースティン』で間違いないと私は確信していた。


 ――でもまぁ。


 身分を剥奪されて国外追放になり『新聞』にも書かれてしまい、嫌でも国内だけでなく国外で有名になってしまった。それを考えると……偽名を使う他ないのかも知れない。


「出身地が『バージリアン王国』ですが……」

「はい」

「なぜわざわざこちらに? シンシアの方が交通の便が良さそうですが」

「……」


 そう尋ねると、オリビアさんは「逆にその交通の良さ」が良くないのだと言う。


「こちらに来る事はないと思われる事がこちらとしては都合が良いので」

「なるほど、そうですか。それではこちらに来られた理由は――」

「この国で就職しようと思ったら資格を持たないフリーの破魔師はましになるしかないと言われてしまいまして……」

「なるほど」


 確かにこの国で就職をしようと思ったら職業案内所の案内状が必要だ。そして資格を持たない破魔師は資格を持たないが故に色々とトラブルに巻き込まれやすい。


「そっ、それでここで魔力の測定器を使ったのですが……エラーが出てしまい」

「係の人にここに来るように言われた……ってワケね?」


 そう言うと、オリビアさんは小さく頷いた。


 ――なるほどね。


 アイリンはオリビアさんの言葉に思わず納得してしまった。


 なぜなら、ここに置いてある測定器は一般的な意味での「普通」を想定されて作られている。


 ――その測定器が「エラー」を表示したって事は……。


 それだけオリビアさん……いや、アレクサンドラさんの魔力が強いという事を意味しているのだろう。


 ――もしくは何か特殊な能力を持っているか……のどちらかね。


「あ、あの」

「ん?」

「あなたは『鑑定』の能力を持っていると聞いたのですが」

「ええ、まぁ」


「じゃ、じゃあ……ひょっとして私が誰なのかも」

「まぁ、そうですね」


 オリビアさんの指摘にアイリンは思わず言い淀んでしまった。


 ――きっ、気まずい。


 実はアイリンの『鑑定』は「その人の能力」などを数値化して見る事が出来るのだけれど……その時に名前も一緒に表示されてしまうのだ。


「私の『鑑定』は能力ですので呪文などは特に必要がなくて……ですね」


 ――それにしてもまぁ、さすが王族の婚約者に選ばれた人ね。


 多分、彼女が王太子殿下の婚約者に選ばれたのは家柄だけではないだろう。それを物語っているかの様に彼女の魔法力はこの王国にある魔法学園の一般性とのそれを凌駕していた。


「そう……だったんですね」

「すっ、すみません。気分を害されたのなら……」

「いえ、むしろ気を遣わせてしまったみたいで……私の方こそごめんなさい」


 そう言ってフードを外して笑ったオリビアさん……いや、アレクサンドラさんはとても可愛らしい顔の女性だった。

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