第5話


「なるほどなるほど……ふむ。では『職場見学』をされてみてはどうでしょうか」

「職場見学……ですか。でもお話なら学園でも」


 ――ああ、学園でも案内状を送ってきた仕事の人から話を聞く機会があるのよね。


「いえ、この見学は実際の職場に行って頂こうと思います」

「え、でも魔法研究所は……」


 王国の魔法に関する重要な情報も保存されている場所だ。


「いくら魔法学園を卒業する人間とは言え、そうほいほい行って良い場所ではないはずじゃ……」

「ああ、ご心配なく。魔法研究所には『この職業案内所からの紹介で』と話を通しておきますのでご安心下さい」

「あ、いえ。そういう事じゃなく……」

「あくまで行く理由は『就職』ですので、あなたが思っている様な心配は無用です」

「そっ、そうですか」


「ええ。あそこは本当に重要なモノはキチンと管理されています。それに、杜撰な管理をしているのはそれこそ大問題になってしまいますので」

「そう……ですね」


 ――まぁ、それはもちろんだけど。


「それに『魔法研究所』と一言で言ってもその仕事は多岐に及びます」

「え」

「あなたの言った様な『研究』はもちろん。それを魔法書としてまとめる部署や魔法動物の探索などを行う部署なども『魔法研究所』にはあります。あなたは新卒になりますから基本的に希望通りの部署には配属になるとは思いますが、念のために色々と知っておくのもいいかと思いまして。それにこの見学にはご家族の方も同行出来ますし」


 付け加える様に言ったけれど、この見学のミソは『家族も同行出来る』という点だ。だからこそ、大事なところなので何度も言う。


「で、でも学校で色々と話は……」

「学園でも当然説明はあったでしょう。しかし、それ以上に詳しい話を聞く事も出来ます。それに実際に現場を見てお話をすればご家族と方とのお話も少しは進むのではないかと思うのですが……」

「なっ、なるほど」

「そして見学は騎士団と魔法研究所の両方を申請します」


 アイリンは「ちなみに」と言う感じでそう付け加え、シェルは思わず「え」と驚いてしまった。


「それはそうでしょう。ご家族の方が魔法研究所の仕事についてあまり詳しく知らない様に、あなたも騎士団の魔法部隊の仕事についてあまりよく知らないでしょうから、コレを機会に色々と聞いてきて、それから決めて下さい」


 そう言ってアイリンは何やら書類を二枚出した


「……」


 ――困惑しているわね……。でも、せっかく「比べられる」というのなら。どちらを選んでも後悔のないようにしてもらいたいところよね。


「こちらの方から面接の申し込みも出来ますが、あなたは就職前の学生なりますので……」

「それは学校でしようと思います」


 そもそもここに来たのは就職の相談だ。


 シェルがそう言うと、アイリンは「そうですか。では、こちらに書かれた日付と時間に受付の方へと言ってください。話は通してありますので」と書類の二枚の日付に大きめの丸で火付けを囲った。


「分かりました。ありがとうございます」


 シェルは書類を受け取り立ち上がると、アイリンは「頑張ってください」と言って穏やかな笑顔でシェルを見送った。


◆   ◆   ◆   ◆   ◆


 そうしてアイリンがシェルの相談を受けた後日、職業案内所にて――。


「あ、ねぇ。この間の魔法学園の子。就職決まったんだって?」

「ん? ああ、そうそう」


 アイリンは同僚に声をかけられそう答えた。


 ――ちゃんと言った通り家族と一緒に見学に行ったみたいだし。


「でもまさか『魔法研究所』は『魔法研究所』でも『探索』の部署に行くとはね」


 そう就職は『魔法研究所』の「探索」の部署へと決めた。


「ああ。本人としては見学に行くまでは『魔法研究』は部署に行く気満々だったらしいのだけれど、なんでもその時にシェルと同じような『火』を使いなおかつ『治癒』の能力を持つ魔法動物がいた事が最大の決め手だったんだって」

「そっか。じゃあ行って良かったんだ」


 同僚はどこか嬉しそうな顔で答える。


「……なんであんたが嬉しそうなのよ」

「え? だって嬉しいじゃん。就職先が決まって楽しそうに仕事をしているのってさ」

「……あなたって」

「ん?」

「いいえ、つくづくこの仕事に向いているなって思っただけよ」


 アイリンがそう言うと、同僚は「えー?」と嬉しそうに言いつつアイリンを肘で押す。


「なっ、何よ」

「それ、あなたが言う? ここを作った張本人なのに」

「別に私はここの所長だけどそれは……」


 ――あいつが頼んだからで……。


「?」


 アイリンはその言葉を飲み込み、その「いえ、何でもないわ」と言葉を止めた。


「あ」


 そしてそのタイミングで始業のチャイムが鳴り、同僚は「またねぇ」と軽い足取りで自分の仕事へと向かって行ったのだった。

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