第21話

馬車に揺られること1週間。カシャ国に帰ってきてしまったわ。伯爵家に帰るのでは無く、王城に直接向かっているらしい。


「ヴァイエン王国第三王子ルイ殿下、ソフィ様ようこそいらっしゃいました。私、カシャ王国宰相のロードンです。ソフィ様、陛下が首を長くしてお待ちです。どうぞこちらへ」


 王城入り口で待っていた宰相に案内され、謁見の間にそのまま入っていく。赤絨毯の先には大きな椅子があり、そこにカシャ国の王が座っていた。


「ヴァイエン王国第三王子ルイ殿下と王女ソフィ様がお見えになりました」


宰相の言葉と共に私とルイは陛下へと挨拶をする。


「ソフィか。もっと近くへおいで」


私は促されるまま前へ出ると、陛下は席を立ち、私の前まで来ると、私を食い入るように見つめている。


「やはり、ソフィは我が娘。フィラによく似ている。よくぞ無事で帰国した」


陛下は何だか嬉しそう。だけれど、私にはよく分からないわ。


「本日はルイ殿下と婚約のお願いをしに来ました」


 陛下の和かな態度とは違い、私は緊張した面持ちで話をする。陛下と直接話をするのはこれが最初で最後なのかもしれない。


「陛下、私はルイ殿下から先日初めて王族だと聞かされました。何故、私の存在は秘匿されたままなのでしょうか」


「それはソフィの命が狙われておったからだ」


「今は違うのですか?」


「ああ。貴族同士の権力争いは5年前にようやく決着が着いたのでな」


 私は一歩下がり、平民の礼を取る。忘れていたかった辛い事実が私を傷付ける。私は苦い思いを悟らせないように静かに微笑む。


「それにしても、婚約とはな。国を挙げて祝わねばならぬな」


「有難きに存じますが、そこまでしていただかなくても大丈夫です」


「何故だ?」


陛下は先程の和かな態度とは違い、


「貴族の争い事が終わったという今も私の存在は伏せられたままと聞きました。先程、陛下が述べられていたフィラという方は私の母なのでしょう。


王妃様や側妃様にフィラと言う名前はなかった事を考えると、母は王妃にも側妃でもない存在だったのでしょうか。


それにこの国には王子様もお姫様もおりますわ。私が突如現れては争いを産むだけですし、出来ればそっとしておいて下さい。


私自身も本当の親の存在も知らず、養母に恥ずかしい子として邸から出る事も許されず育ってきました。


それに伯爵家から身分証を用意され、商人へ売られました。身分証を発行するのは王宮ですわ。伯爵家からも国からも私は貴族として要らないと捨てられました。


商人たちは魔物の襲撃で私1人を残し逃げました。そこから私は1人で戦い、ずっと1人で生き抜いてきました。治療師として私を求めてくれる患者さん達と接したこの2年間、ようやく自由と幸せを感じております。


私は平民なのですからルイ殿下との婚約も場合によっては白紙となりますが、仕方のない事だと考えております」


 自分で口に出しておきながら、自分自身の置かれた厳しい環境を再認識し、心が沈む。私という存在が親から否定されていると自覚させられてしまう。


前世を思い出していなければ今頃私は存在していない。


私は今世では親との縁は薄いのね。


「ソフィよ、悪かった。大切な娘を傷つけた」


陛下は先程とは違い、苦悶の表情を浮かべている。陛下を苦しませたいとは思わないけれど、どうして良いかも分からない。


「カシャ王、ソフィはつい先日まで自分が王女であると知らずに過ごしていました。混乱している部分はあると思います。とりあえず、今日は報告まで、という事でよろしいでしょうか」


「ああ、そうだな。……宰相、ソフィ達を部屋へ案内してくれ。ソフィ、ゆっくりしておくれ」


「有難う御座います」


ルイが助け舟を出してくれたおかげね。宰相もホッと息を吐いている。私は一礼後、ルイにエスコートされながら謁見の間を退室する。




「ソフィ様。こちらの部屋をお使い下さい。夕食は侍女が呼びに参りますのでその間はゆっくりして下さい」


 部屋の準備があるとかで中庭を見渡せるバルコニーにテーブルが用意されて私達はそこでしばしお茶をする事になった。

ルイは気を遣っているのか口を開こうとしない。お互いに沈黙のままお茶を飲んでいると、宰相が私達の方に歩いてきた。


「ソフィ様、ルイ殿下。部屋が用意出来ました」


私達は飲んでいたお茶をそっと置いて宰相の案内で部屋に向かう。


「宰相様、先程は気を使わせてしまってすみませんでした」


「いえ。ソフィ様のお立場を考えると仕方のない事だと存じます。ですが、あまり陛下を虐めないで下さると助かりますな。こちらです」


宰相は部屋を案内すると執務へ戻っていった。宰相様はあまり気にしていらっしゃらないのかしら。しばらくするとルイが部屋に入って来た。 


「ソフィ、大丈夫か?」


「ルイ。有難う。ルイのおかげだわ。私は駄目ね。もっと言い方もあったのに」


ルイはそっと私を抱きしめてくれる。


「大丈夫だよ。ソフィには俺が付いている。いつもソフィと一緒だ」

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