きれいなお姉さんは好きですか?好きです!

「これ、まじやばい。さすが、アイスの実さん推薦だわ。」

 日曜日の昼下がり、長野早紀がベッドに寝転んでBL(ボーイズラブ)漫画の電子書籍を夢中で読んでいるところに、

「早紀、誠司たちが来たから、降りてきて。」

 1階から母親の声がした。今日は兄の誠司が紹介したい女性がいるということで、実家に帰ってくることになっている。


 せっかく良い本を見つけて堪能していたところを邪魔された不愉快さもあるが、実家に帰ってくるたびに丸い体型になりお世辞にもかっこいいとは言えない兄が、どんな彼女を連れてくるのかには興味があったので1階に降りることにした。


 スマホの画面をオフにすれば、BLの本を隠す必要もない。こそこそ買いに行って、見つからないように隠して読んでいた紙の本と違って、電子書籍ってなんて素晴らしいんだろうと思う。

 また感想や新作の情報も、ネットの見ず知らずの人たちとなら遠慮なく共有できる。いい時代が来たものだと思う。

 いま読んでいた作品も、SNSを通じて知ったものだった。ハンドルネーム:アイスの実さんが勧める作品はどれも面白く、早紀の好みに合っている。読んだ後は、お礼の意味も込めてリプすることにしている。


 そんなことを思いながら階段を降りて、1階のリビングに入ると、兄とその隣に長身でスタイルもよく、きれいな黒髪の美女が立っていた。

「初めまして、妹の早紀です。」

 緊張しながらも挨拶をして、もう一度よく見てみる。品の良い紺色のワンピースに白のカーディガンよく似合っており、同じ女性として憧れるきれいな人だった。こんなきれいな人が義姉さんになるなんて、嬉しすぎる。

「はじめまして、香川愛実です。」

 お辞儀する姿もほれぼれするぐらい美しかった。


 キッチンで母と二人でコーヒーを淹れている最中も、リビングにいる愛実さんが気になってしょうがない。

「あんなにきれいな人とお兄ちゃんが付き合ってるなんて、信じられない。」

「誠司にはもったいないね。」

 母も好印象を持ったみたいだ。

 リビングからは、早くも父が愛実さんに興味を持ったみたいで、仕事は何しているの?とか出身はどこ?など質問攻めしており、早紀も聞き耳を立てて愛実さんの返事を聞いていた。

 どうやら愛実さんは、薬剤師で私と同じで28歳みたいだ。同じ28歳でも、地味な私とは大違いだ。私も愛実さんみたいな美人に生まれたかった。

 横にいるお饅頭のような体型の母とリビングにいる髪の毛が薄くなった父を順に見たあと、この遺伝子からでは、突然変異でもない限り無理だなと思った。


 コーヒーも淹れ終わり全員リビングに揃ったところで、改めて兄から愛実さんの紹介があった。結婚を前提にお付き合いしていて、今度一緒に住むために引っ越すとの報告もあった。

 ここ数年は彼女すらいる気配がなかった兄が、いきなり結婚を前提としたお付き合いが始まって同棲も始めるなんて、人生何が起こるかわからないものだ。

 愛実さんがコーヒーを一口飲んだ後、緊張した様子で口を開いた。

「最初にお伝えしたいのですが、私は心は女性ですが、体と戸籍は男のままです。誠司さんはこんな私を受け入れて、愛してくれているので、できれば一緒になりたいと思っています。」

 愛実さんは、トランスジェンダーで性適合手術を受けていないので、戸籍は男のままで入籍はできないこと、もちろん子供も作れないことを話してくれた。


 突然の告白に父も母も理解が追い付かず戸惑っていたが、早紀はときめいていた。こんなきれいな人が実は男で、兄とあんなことやこんなことをやってるの。なんて素敵なの。浮かれている早紀とは対照的に、ようやく理解ができた父は渋い顔をして、

「誠司、考え直さないか?結婚相手なら、お父さんの会社の人も紹介してあげるから。」

 父よ、いくらなんでも愛実さんの前でそのセリフは失礼だぞと思っていたら、

「わかった。この家の敷居は二度とまたがないから、俺は愛実と二人で暮らしていくから。愛実、帰ろう。」

 怒った兄が愛実の手を引き帰ろうとしている。

「すみません。今日のところはこれで失礼します。」

 怒って感情的になって部屋から飛び出した兄を追うように、愛実さんは深々とお辞儀をして部屋から出て行った。


 せっかくきれいな義姉さんができたのに、このままだと失ってしまう。

「父さん、失礼だよ。お兄ちゃんが怒るのも当然だよ。これからは多様性の時代で、LGBTQだよ。」

父にそう言った後早紀もあわてて、兄と愛実さんの後を追って家をでた。駅にむかう道の途中で追いつき、声をかける。

「まって、お兄ちゃん。ちょっと愛実さんと二人で話させてもらってもいい?」

 そう言って兄を先に帰らせて、愛実さんと近くの喫茶店に入った。


「ごめんなさい。うちの両親頭が固くて。わたしが責任もって説得するから、お兄ちゃんと別れないで。ひどいよね。最初はいいお嬢さんで誠司にはもったいないって言っていたのに、男とわかると手のひらを反して反対するなんて。」

「同じ年みたいだし、敬語じゃなくていいよ。時間はかかるかもしれないけど、説得するから待ってて。」

「ありがとうございます。早紀さん。」

「だから敬語じゃなくていいって、愛実。きれいなお姉さんできて、嬉しいよ。」

「私もかわいい妹ができて、嬉しい。」

 こうやって愛実と連絡先を交換することに成功した。




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