腐女子ゲーマーが勇者になった結果

荒牧りゅう

プロローグ

小鳥が鳴いている。空が明るい。

 質素な部屋にはそれくらいの情報しかいない。私、桜崎双葉《さくらぎふたば》の唯一のこだわりである。

 おそらく、日が昇ってからそう時間は経っていない時刻だと思われる。確証はない。

 起きたらすぐに歯を磨き、顔を洗い、カップ麺にお湯を入れる。休日はこんな体たらくに過ごしていると同級生に知られれば聞いて呆れるだろう。休みの日まで時間にとらわれたくないから敢えてこうしている。

 

 どうやら午前九時らしい。パソコンのモニターにそう表示されている。花の女子高校生を桜花中の私の土日といえば、一日のほとんどを自室でゲームをするか漫画を読むかの二択である。

 

 これでも学校では人気者なのだ。自分で言うのもなんだがそこそこモテる。

 私が通う私立桜崎学園高等学校は、芸能人が多く在学する有名な高校だ。名前を聞いてなんとなく想像できただろうが、私はこの学校の理事長の娘である。芸能人が多く通う学校の理事長の娘という肩書きだけですでにすごいと言われることは私にも分かる。

 両親は、理事長の娘として恥をかかない程度にならと比較的自由にさせてくれている。そのおかげもあってか、ゲーマーでも何も言わない。むしろ新しいゲームを買い与えてくれているくらいだ。

 某動画配信サイトのゲーム実況者である私は、新作ゲームの案件を収録しようとしていた。その時、ピロンという通知音と共に一通のメッセージがスマートフォンに届いた。


 『桜崎学園高校の屋上に今すぐ来てください』


 unknownと書かれている差出人の分からないメッセージに怪しさを感じたが、行かないにしても後で何か言われるのも面倒くさいと、学園へと向かった。



***



 「今日午前十時頃、都内にある私立桜崎学園高等学校、桜崎双葉さん高校三年生が、校内の駐車場で血を流し倒れているのを同学園教員が発見しました。桜崎さんは病院に運ばれましたが、まもなく死亡が確認されました。警察によりますと、桜崎さんは屋上から転落したものと思われ、自殺を視野に捜査しているとのことです」


 私は死んだ。

 倒れている私はそれはもう見るに耐えない姿をしていたが、即死だったこともあってか痛みなどは覚えていない。

 この世に悔いはないといえば嘘になるが、それなりに楽しい人生だったし、何かと自由に過ごしたから死んでも大丈夫だと思う。まあ来世はモテる女として友人と遊ぶことを覚えたい、それだけ。両親には申し訳ない。

 ただ、自分の中で一つ引っかかる点がある。頭を強く打ちつけたせいか、死ぬ間際の記憶が一部欠けている。屋上から転落して死んだのは知っている。が、自分が何が理由で転落したのかが分からない。屋上に自分一人だったのか、はたまた他に人がいたのかも分からない。あのメッセージを受け、学園へ向かい、屋上に着いたまでの記憶はあっても、それ以降の記憶が綺麗さっぱり欠落している。

 一つ悔いを思い出した。私は根っからの腐女子だ。お気に入り作家の楽しみにしていた新作BL漫画の発売日が明日であることを忘れていた。死んでしまった以上、その内容を知る由もない。実に悔しいではないか。ゲームより愛するBL漫画を読めないと考えただけでこの世への未練が募る。

 とはいえ、死んでしまったからには仕方がない話だと潔く成仏することにした。そう思えば随分と楽になった気がする。自分の亡骸にさよならをするように、私はそっと目を閉じた。








 はずだった。どうしてか、私には身体があり、自由に動くではないか。生前より幾分か、いや随分とゴツゴツとした手が目に入った。

 名前は、アレクサンダー・フレア。なんで知ってんだ?







 

 ああ、俺は転生したんだ。今までの話は俺の生前の記憶。物心付いた時からそれを理解していた。両親には話していない。きっと驚くだろうし、極度の心配性である母は泡を吹いて倒れかねない。

 親バカ両親の元ですくすくと育った俺は、現在、この国で一番有名な名門、ダラス魔法学校に勇者になるべく寮生活をしながら通っている。

 魔法学校といったものの、魔法使いの養成だけではない。勇者、占い師、霊媒師といわれるこの世界における役持ちと言われる人材を育成する教育機関だ。また普通科もあり、そこには役持ちの中でもごく平凡である市民が通う。

 年齢は18歳。身長は185cmの筋肉隆々のガッシリ体型。生まれつき運動神経が良かったらしい。魔術もそこそこ使える、謂わば「優等生」というやつだ。勇者になるべき逸材だと祖父から推されている。

 両親は勇者になることに反対している。なぜなら先程も言ったように親バカだからだ。この世界で騎士は尊ばれる存在であり、勇者になることは何よりも素晴らしいこととされている。しかし常に死と隣り合わせである役職であることも事実で、可愛い息子に親より早く先立たれるのが嫌だと反対されているのである。この恵まれた体格を生かさずにどうする。親の反対を押し切り、今に至る。

 と言えば、聞こえはいいだろう。前世の影響かどうかはさておき、目立ちたがりの俺は、勇者になることによって女の子にモテたい、有名人になりたいという思いでこの役職を目指していることはどうか秘密にしておいてほしい。

モテたい一心で努力を惜しまず過ごして早二年半、とうとう俺にモテ期が到来したのだが、まさかの奴と付き合うことは今の俺が知るはずもない。


 

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