第4話 拡散する奇跡

「久しぶりだな」

「もう二度と帰る気は無かったのだがな」

「呼び出してすまなかった。アンタもこの国出身なら知っているだろうが、今は自由に出かけられないのでな。来てくれて嬉しいよジョゼフ」

 運良く、すぐに連絡がついて、私の部屋まで来てくれた。

 傭兵時代に知り合い、珍しい法国出身の傭兵同士という事で何度か仕事をした。

 私の知る限り最強の剣士ジョゼフだ。


「仕事なのだろう。なんだ……暗殺か?」

 ジョゼフは、法国に戻ってきて機嫌が悪そうだ。

 まぁ、それは良く分かるが。

「教会へ入って、国を変える手伝いをしてくれ」

「……何をするつもりだ」

 ジョゼフの目が細くなり、瞳の色を隠す。

 殺気まで漏れてきている。

 ここで間違えれば、私の命も、その使命も尽きるだろう。

「私は神の奇跡に出会った」

 死の神への信仰。

 この国を、世界を変える神の奇跡。

 教会を踏み台に、大陸中に混乱を撒き散らす計画。

 ジョゼフには隠さず、全てを語った。

 彼は私と同じ筈。

 人は信じたいものを信じるもの。

 彼にしても光の神は、教会は敵だ。

 それを潰せる死の神の奇跡は信じたい筈だ。


「分かった、俺を使え。誰でも殺してやろう」

 乗った。

 少なくとも教会内で、この男に勝てる者はいない。

「よく言ってくれた。まずは祭祀になってもらうぞ」

「ほぉ……なれるものか?」

「その為に力を示して貰う。そうすれば押し切れる」

「興味が出てきた。誰をる?」

「大司教パオロ」

 私の指名に、流石の彼も目を見開き固まる。

 だが、それも一瞬の事、すぐに顔を伏せる。

 彼が顔をあげた時、その瞳に浮かんだ動揺は消えていた。

「次を用意してあるのだな?」

「大司教にはサンドロを押す。法王にはマヌエルだ」

「……受けよう」


 ジョゼフは期待以上だった。

 寿命を迎えた法王ジャコモが身罷ったところで一気に動く。

 思っていたよりもあっさりと、ジョゼフが大司教を仕留めて来た。

 司教からサンドロを大司教へ、マヌエルを法王へ押し上げる。

 マヌエルはまだ教団へ入信した訳ではないが、王としての器がある。

 下の者への配慮も慈愛もあり、信仰も法王として誰もが認めるだろう。

 それでも、心の奥底には欲がある。

 奴はこちら側へ堕ちる人間だ。

 裏で手を回し、根回しして、ジョゼフを祭祀として教会へ迎え入れる。

 世界を死と混乱で満たすのも遠くはないだろう。

 だが、光の神の悪足掻きか、予期せぬ邪魔が入った。


「なんだあの女は……法王である余、以上に神に愛されているではないか」

 新しく聖女となった四人目、ロレーナの力にマヌエルが取り乱し狼狽える。

「猊下の地位を脅かす者ではございません。今暫くお待ちください」

 聖女を抑える手があると、マヌエルを宥めながらも顔がにやけてしまう。

 確かにロレーナの力は尋常ではない。

 神の奇跡そのものだ。

 正直、意味が分からない力だった。

 それでも、自分の地位を脅かす存在に怯える法王には、笑いがおさまらない。

 今なら堕とせる。

 光の神を信仰する最高位、法王を死の神の信徒へ。

 このままでは信者も民も、大聖女に奪われる。

 聖女が神の力を行使するのならば、こちらも別の神の力を借りれば良い。

 そう囁く。

 せっかく手に入れた権力が脅かされている。

 護るには神の力がいる。

 人は信じたいものを信じる。


 迷宮で手に入れた異世界の兵器。

 それに神の呪術を加えた『ウイルス』と呼ぶ兵器を共和国へ流した。

 西の帝国に眠る、伝説の銀龍を目覚めさせた。

 魔物を凶暴化させる呪法も、王国、評議国で実験を重ねる。

 各地に世を呪う魂を作る工房を作った。

 山の中、森の中で人を捕まえ、恨みを抱えたまま殺した。

 皇国では、幼い娘を失くした男を見つけた。

「娘を取り戻したくはないか? 娘を見殺しにした者達へ復讐したくはないか?」

 そんな誘惑に、男は正気を投げ捨てた。

 エフゲニアとか言ったか、人を殺し、魔物を凶暴化する呪法の生贄にした。

 娘を取り戻す事なぞ出来はしないのに。

 王国の貴族も、失った妻子を取り戻す為、あっさりと人をやめた。

 人は自分が信じたいと願うものを信じる。


 順調に世界には神の教えが広がっていった。

 だが、まだまだ足りない。

 もっと、もっとだ。

 死の神の教えを大陸中へ広めなければ。

 死と混乱で世界を満たす為に。

 

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