第2話 手にした奇跡

「ここは……」

 見知らぬ天井を見上げて目が覚める。

「目が覚めましたか」

 禿げあがった男が、横に残った髪を垂らして覗き込んでいた。

 そうだ、魔獣に襲われて落ちた穴に居た男だ。

「俺を運んだのか。何故助けた」

「それが神の意志ですから。貴方は使徒となる運命なのです」

「使徒……死と混乱を世界へ」

「そうです。それが神の意志です」

 感情の読めない、死んだような眼で俺を見ている。

 胡散臭い男だが死の神は既に、俺の中に居座っていた。


 故郷の村が襲われた時、この世に神なんぞ居ないと思った。

 何故ひとり生き残ったのか、意味が分からなかった。

 意味はあったんだ。

 あの時の襲撃も神の意志だったのだ。

 そう、光の神などという名前だけの虚構ではない。

 平等な死を与える、死の神の意向だったのだ。

 その理を世界に、神の威光を生きる者に遍く届ける。

 この世にあの虐殺を、死と混乱を撒き散らし埋め尽くす。

 俺はその為に選ばれたのだ。

 そうだ。

 俺は信徒ではなく、使徒となるべく選ばれたのだ。


 それから俺は死の神を信仰する教団へ入団した。

 邪教と呼ばれる教団へ。

 世界へ死と混乱を広める事を教義とする邪教だった。

 神なんぞ、奇跡なんてものは無い。

 この世に、そんなものは存在しない。

 ものを知らない俺は勝手に、そう思い込んでいた。

 神の存在を知ってから各国を回り、各地で奇跡を見た。

 神の奇跡は至るところに残されていた。

 今まで、なんて無知だったのだろう。

 忘れられた遺跡に、魔物がうろつく地下迷宮に。

 古く続く名家の屋敷に、平和な街並みに。

 それらは、神の残した奇跡は静かに俺を待っていた。

 神の奇跡を封じた道具。

 神の奇跡を再現する呪文。

 神の奇跡を分け与えられた人間。

 各国を回り、それらを見つけ出し確保する。

 それが教団での俺の役割だった。

 世界は奇跡で溢れていた。

 皆へ、まだ神を知らぬ者達へ。

 これらの奇跡を見せて伝えなければ。


 神は見ている。

 神は求めている。

 神の教えを世界へ、多くの人々へ伝えなければ。


 夢中で神の奇跡、神の残滓を追い求める。

 その結果、教団内での地位も上がって行った。

 俺はすぐに幹部の一人として、運営にも携わるようになった。

 しかし、そんな事よりも大陸中を歩き回り、遺物を探す方が大事だった。


「一人でも多くの人へ、死の神の素晴らしさを伝える為には、組織の運営も大事な事です。世界中へ混乱を届ける為には、多くの同士が必要なのです」

 教団幹部の一人に諭される。

 そんなセリフで妙に納得してしまった。

 確かに数も必要だ。

 それなら組織も大きく広げよう。

 今、教団本部は共和国にある。

 この国は宗教の弾圧がなく、邪教とされる死の神への当たりも緩い。

 ひっそり、こっそりと活動してはいるが、もしも邪教だとバレても強い反発はなさそうで、国として排除しようと動く危険も少ない。

 そんな理由だったらしいが他国は違い、邪教徒と知れたら惨殺される事もある。

 西の王国や北の帝国で見つかったら、生きてはいけないだろう。

 本部が此処では、帝国や王国が攻め込んで来た時は危ないだろう。

 もっと安全な国、安全な場所へ、本部を移した方がいいだろう。


 俺は教団の運営の方へ力をいれる事にした。

 より安全な支部を各国へ。

 人の憎悪と魂を集める為の施設も各地へ。

 集めた奇跡、呪法や道具を使い、各地へ混乱を届ける。

 死と混乱を広めれば、憎悪と魂が多く集まる。

 多く集めた魂は死の神の力となる。

 そして、さらに死と混乱が各地へ届けられる。

 教団の規模を密かに育て、人を増やし、より完成されたシステムへ。

 運営にも楽しみを感じ始めた頃、俺はやっと気付いた。

 一つの国となるほど巨大な組織、法国。

 光の神を信仰する宗教団体。

 ならば、それを乗っ取り、信仰対象を死の神に替える。

 その方が手っ取り早いのではないか。

 それが上手くいけば、邪魔する者も減るだろう。

 完全に吸収するまで、こっそりと行動するにも、法国ならば他国から邪魔されないだろう。

 早速本部を法国へ移す作戦を立て、実行に移す。


 あの国、宗教国家法国は、よそ者は簡単に出入り出来ない。

 だが俺はこの国の出身だ。

 もう捨てた心算の過去だったが、役に立つ日が来た。

 一度は捨てた故郷、法国へ俺は戻る。

 光の神を信仰する聖職者として、教会へ入信する。

 俺から全てを奪った光の神。

 今度は俺が、お前から全てを奪ってやる。

 国も信者も奇跡も死の神のものに塗り替える。


 そうだ、これが俺の使命だ。

 聖女も法王も、居るのなら光の神も。

 お前らから全てを奪って、地べたを這わせてやる。

 試練を強いり、節制を力とする光の神よ。

 怠惰を許容し、憎悪を力とする死の神が成り代わってやる。

 世界を死と混乱で埋め尽くすために。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る