奇跡を見た男 ~足掻く者達 外伝~

とぶくろ

第1話 気付いた奇跡

 俺の名はカルロ。

 出身は大陸最南端の宗教国家である法国だ。

 法国の辺境、西の外れの小さな村に産まれた。

 特に何もないが、特別に不満もない。

 そんな暢気な日々を無駄に過ごしていた。

 街からも離れた、その小さな村に強盗団がやって来た。

 本当に何もない小さな村だ。

 奪うべき金目の物もなく、食料さえまともにない。

 腹いせに村人を殺して回る賊たち。

 両親も、村人の殆どが殺されたが、何故か俺は生き延びた。

 特別逃げ隠れした訳でもなかったが、幼い俺は見逃された。

 滅ぼされた村から逃げ出し、何日も泣きながら彷徨った。


 運良く生き延び、運良く魔物にも襲われず。

 運良く自生する果物など、食料になるものを見つけた。

 運良く街へも辿り着き、裏街で生き延びた。

 成長した俺は村を棄てたように国も棄てた。

 国を出て北へ。

 共和国で傭兵団へ入った。

 傭兵とは言っても、ほぼ山賊だったが。

 奪われるのが嫌なら、奪う側になるしかない。

 国で信仰していた、光の神とやらは信じられなかった。

 あんなものを信じて祈っても、村を救ってはくれなかった。

 そもそも、そんなものが居るのなら、村は襲われなかった筈だ。

 信仰を棄てた俺が信じられるのは、単純なだけだった。


 褒められた集団ではないが、傭兵団は居心地が良かった。

 北の帝国は指導者が変わりそうだとかで不安定だった。

 西の帝国も精強な軍隊で有名だ。

 南の皇国は寒いだけで何もない。

 なるべく近寄らず、共和国と王国南部で暮らしていた。

 好き勝手に略奪して、貴族の小競り合いに雇われた。

 そんな生活に、神などという存在を忘れ去っていた頃。

 俺は奇跡を目にする事になった。


 その日いつもの様に、王国との国境近くの村で略奪をしていた。

 泣きわめく村人たち。

 嗤いながら村人を蹴り倒し、家に火を点ける仲間たち。

 僅かな食料と金目の物を、力尽くで奪い取る仲間たち。

 それを、どこか懐かしく見ていた。

 逃げ惑う人々が、忘れていた父に、母に、姉に重なる。

 それでも何も感じはしない。

 そんな感情は俺には無くなっていた。

 弱い者は搾取される。

 嫌なら奪う側になるしかないんだ。

 そう、俺達も奪う側ではなかった。


 泣き叫ぶ声か、むせ返るような血の臭いがんだのか。

 見た事もない魔獣が現れた。

 赤褐色の長い毛に包まれた、大型の肉食獣のような体。

 鋭い爪で傭兵達を切り裂いていく。

 傭兵の頭を丸齧りにする大きな口には、肉食獣の牙が並んでいた。

 傭兵を薙ぎ倒す巨大な体躯には、太い六本の足が生えていた。

 長く太い丸太のような尻尾を振り回すと、枯れ葉のように人々が舞い散った。

 阿鼻叫喚。

 逃げ惑っていた村人も、楽しんでいた傭兵も、分け隔てなく殺戮していく。

 そこには人の世にはなし得ない平等があった。

 美しい。

 殺戮を繰り返す獣を見て、そう思ってしまった。

 見惚みとれていた俺にも魔獣が迫る。

 これが神の意志と言うやつだろうか。

 棄てた信仰が残っていたのか、今更、神の事を考える。

 最後の時に浮かぶのは神だった。

 無駄に抗う気もないが、光の神の思い通りにはなりたくなかった。

 滅ぼす筈だった村の生き残り。

 そんな俺を始末しに来たのだろうか。


 飛び掛かって来た魔獣の爪を、無意識にかわしてしまう。

 それでも、その巨体は躱しきれない。

 圧し掛かられ倒れる。

 しかし地面へ押し倒される事はなかった。

 足元が崩れる。

 絶妙なタイミングで、地面が崩れてなくなった。

 下は空洞で、暗い穴がどこまでも続いているようだった。

 落ちていく。

 魔獣と共に何処までも続く、暗い縦穴を何処までも。

 抱き合うように、もつれ合いながら。

 魔獣と共に、全てを諦めて落ちていく。


 突如、下になっていた魔獣が何かに当たる。

 魔獣の身体がクッションとなり、俺は弾かれ転がる。

 無傷とはいかないが、数本の骨が折れた程度で床に転がる。

 大分落ちたが、運が良かった。

 またしても運良く助かった。

 なんとか体を起こし、魔獣を見上げる。

「……」

 声も出せず、ただ、ただ、ソレを見上げる。


 穴の底には、何故か明かりがあった。

 壁にかけられた松明が、穴の底を赤く照らしていた。

 目の前には、穴の底に立つ石像があった。

 その高く突き上げた腕が、魔獣を貫いていた。

 その像は神々しく、不思議な力を感じる。

 だが『光の神』ではない。

 この大陸で、法国以外に信仰など殆どない筈だ。

 僅かに光の神の教会があるだけの筈だ。

 この像はなんだ?


「死の神。この世に、死と混乱を御恵み下さる神様です」

 背後からの声に、痛みを堪えて振り向く。

 中年の男が其処に居た。

 そこらの村人の様な、ごく普通の格好だ。

 聖職者には見えない。

「死……の、かみ」

 聞いた事だけはある。

 死と混乱を撒き散らす邪神。

 それを崇める邪教と呼ばれる教団があると。

 これが邪教と死の神か。

 隠れて信仰しているので、目立つ格好ではないようだ。

「貴方も神に導かれたのですね。貴方には何か使命があるのでしょう」


「しめい……」

 運良く賊の襲撃から生き残った。

 運良く魔物に襲われず生き残った。

 運良く放浪しながらも生き残った。

 運良く魔獣の襲撃からも生き残った。

 運良く出会えた神。

 光の神と違い、等しく死を与える平等な神。

「そうか……この為に生き残ったのか」

 本当の神に出会えた。

 失った信仰が、俺の内に目覚める。

 そうだ。

 この神の僕として、その教えを広める為。

 その為に俺は産まれ、生きてきたのだ。

 今、はっきりと理解した。

 傷ついた体を起こし、血反吐を吐きながら祈りを捧げる。

「この世に平等を。死と混乱を、貴方の為に」


 家族を失い、故郷を失い、信仰を失った。

 そんな俺が真の神と出会い、真の信仰に目覚めた。

 これは世界に真の平等と救済を広める物語。

 この腐った世界を救う物語だ。

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