第41話 美弦の婚約者

「先輩!この前のテレビ見た?私出てたやつ!」


 学校に登校して早々、輝鞘がそのようなことを言ってきたが、俺は残念なことに若干テレビ離れというものを起こしていて、見るときは姉さんが天気予報を付けているときにチラッと見る聞くくらいだ。


「見て…無いような見たような…」


 ハッキリと見ていないことが自分の中だけなら断言できるが、輝鞘にその本当のことを直接ストレートにぶつけるというのは人の心がわかっていないというものだろう、ここはオブラートに包むことこそが大事。


「え、何それどっち?」


「あ…れ?」


 だが帰ってきたのは予想打にしない極めて冷静な返しだった。

 …どうやらハッキリ言ったほうが良いみたいだ。


「最近はテレビとか見れてなくて、サラが出たっていうのも見れてない…」


「あ〜、それなら最初からそう言ってくれればよかったのに〜」


 素直に言うべきか優しさでオブラートに包むべきかという議論があると思うが、輝鞘は素直に言って欲しいタイプらしい。


「じゃあ一緒に私の家でその私が出た番組見よ!」


「え…!?」


 ここでまたも死角外からの一手。

 後輩アイドル女子から自分の出ている番組を一緒に見ようと家に誘われる、こんな一手はトランプだと確実に切り札、言うなればジョーカーだろう。


「先輩もしかして動揺してる〜?」


「してない」


「だったら私の家来てくださいよ〜」


「…それは難しいかもしれない」


「え、なんで?」


 美弦と婚約する前ならともかく、俺はもう美弦と婚約している。

 それなのに独断で異性の家に行くと言うのは浮気とか不倫とかという風に捉えられてしまってもおかしくない。

 だからせめて…


「…美弦に許可が取れれば行けるかもしれない」


 そもそも俺としては沙藍の家に行くこと自体ハードルの高い話ではあるが、その前にまず俺の信条とは関係なしの大前提条件が美弦が許可してくれることだ。


「天霧先輩の許可…?確かに先輩たち仲良さそうとは思ってたけど、いつもこんなプライベートなことまで天霧先輩の許可取ってるんだぁ」


「いつもじゃない、ここ最近からだ」


「なんか理由とかあるんですかぁ?」


 これは…言えないな。


「…秘密だ」


「えぇ〜」


 これもまた俺の独断で決めて良いことではない、美弦が婚約しているということは気軽に言っていい問題ではないからだ。


「教えて教えて〜」


 沙藍がアイドル経験で培ったであろう上目遣いと仕草で頼み込んでくるが、これは意地でも教えるわけにはいかない。


「とにかくそのことについては美弦に確認を取っておくから、沙藍は一度自分の教室に戻ってくれ」


「…はーい、確認できたら結果報告のところに私に会いに来てくださ〜い」


「…あぁ」


 それを聞き届けた俺も、自分の教室へと戻り美弦に確認することにした。


「もしかして…厄介なことになってそ〜」


 教室に戻ると美弦は何やら誰かと電話していたらしい素振りを取っていたが、ちょうど俺が戻ってきたタイミングでその電話を切った。


「誰かと電話してたのか?」


「はい、甘奈さんにお礼の電話を」


「お礼…」


 よく分からないがおそらくこの前の豪華客船に一緒に来てくれてありがとうとかそういった旨のお礼だろうか。


「白斗さんの方は、あの…輝鞘さんという方とお話をされていたようですが、どのような要件だったんですの?」


 特に隠す理由はないため、美弦にも輝鞘の苗字のことは伝えてある。

 …だがおそらく輝鞘本人に輝鞘と呼ぶと下の名前で呼ぶまで無反応ということが以前同様に起きる可能性があるため、輝鞘本人には輝鞘ではなく沙藍さらと呼ばなくてはならないのが悩みの種でもある。


「それが、輝鞘の家で一緒にテレビを見ようってことだったんだ」


「輝鞘さんの家…」


「なんか輝鞘が出てるテレビがあるとかで、それを一緒に見ようって俺のことを誘ってきたんだ」


「なるほど…それで、白斗さんはそれに対してどう返答したんですの?」


「美弦の許可が出たらって返答しておいた」


 これは婚約者がいるものの返答としては100点満点だろう。


「点数にするのであれば、100点中50点の返答ですわね…」


「え…?」


 まさかの50点判定。


「どうしてだ…?」


「私の許可を求めるというのは婚約者として正しいことですが、他の女性から誘われたのであれば迷わず断るということをして満点です」


「それは…確かに」


「私の婚約者となった以上は私のことをあまり不安にさせると、私も白斗さんに対し幽閉処置を取らなければいけなくなってしまいます」


「幽閉…!?」


 幽閉って…もしかして。


「そのままの意味で幽閉、別ですと監禁なんていう言葉もあるのかもしれません」


「監禁…!?そ、そんなこと犯罪じゃないのか?」


「白斗さんは誰と婚約したのか、まだあまり実感できていないようですわね?今後のためにお教えして差し上げます、私のことを甘く見ない方がよろしいですわよ」


「……」


 分かってはいたことだが…俺はとんでもない人と婚約してしまったらしい。

 美弦と婚約してしまったからにはもう…美弦から逃れることはできない。

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