第33話 失恋

 …え、普通そんなにいきなり告白するものなのか?

 いきなり付き合ってくださいって…


「えっと…え?私と?」


「はい!」


 …陽すぎるな快。

 今日初めて喋るくらいの雰囲気なのにいきなり告白なんてしたら輝鞘は当然困惑してしまう。

 これじゃおそらく返事は「また今度返事しても良い?」とかになってしまう、そして返事を先伸ばされた先にあるのは大抵…これ以上はあまり深く考えないでおこう。


「…えっとね、多分アイドルとしてのサラを見て私のこと好きなってくれたんだと思うけど、多分私は君が思ってるような人間じゃないからやめた方がいいんじゃないかな?」


 ライクとラブの違い、憧れと恋愛感情の違い、恋というのは本当に難問ばかりぶつけてくるものだが、輝鞘は今回もその一例だと言いたいようだ。


「違うんすよ、確かにアイドルの時のサラさんのことも知ってるっすけど、俺は学校の時の輝鞘…沙藍さんのことを好きになったんっす」


「…そう、なんだ」


 …一瞬間があったが、輝鞘の声が少し沈んでいるな。

 アイドルとしての自分ではなく、学校の時の自分を好きだと言われたのに何故声が沈むようなことがあるんだろうか。


「嬉しいけど…学校の私も、所詮は上辺でしかないから」


「それは、俺だってそうっすよ、でもだからこそもっと仲良くなって、お互いのことを深く知っていけば……


「それって、まずは友達で良くないかな」


 輝鞘から重すぎる一言が放たれた。

 友達、このワードは告白において告白した側のことを簡単にKOできてしまうほどには強烈なブローになってしまう。


「…わかったっす、確かにいきなり恋人っていうのはおかしかった」


 快もようやく冷静にはなれたようだ。

 恋は人を盲目にするとはいうが、本当に恋のせいで盲目になっていたようだ…快は、今一体どんな表情をしているんだろうか。

 しばらく沈黙が続いた。

 …戻るに戻れないなこれは。


「…あの、輝鞘さん、1個良いっすか」


「ん、いいよ」


 快は沈黙を破り、輝鞘に質問を投げかけた。


「輝鞘さんって…その、空薙先輩のこと好きなんですか」


 …え?

 快は何を言っているんだ。

 …いや、傍から見ればそう思われてしまっても仕方ないのか。

 全く、だからあれほど俺は輝鞘のことを遠くに置こうとしていたのに…アイドルっていう立場があるんだからもう少し、変な噂がたったらどうするかとかの危機感というものを持っても良い気がする。

 …なんて、それは輝鞘の自由だけどな。


「うん」


 …は。

 …うん?

 …うん!?


「…やっぱり、そうなんっすね」


 え、やっぱり?

 ちょっと待て…いやいや。

 …無いだろ、普通好きな人にあそこまで虐げられたら多少はメンタルを病んでもおかしくない。

 …ポジティブなことが輝鞘がアイドルをできてるメンタルの秘訣だった!

 …じゃあ、まさか本当に?


「尊敬する先輩だからね」


 …ぁ?


「あ、恋愛的にじゃなかったんすか」


「もちろんっ、私がアイドルである限りは、私が誰か特定の物になることは無いよっ、だからさっきの君の告白も断っちゃって、ごめんね?」


 輝鞘はどんな表情をしているのかは柱裏にいるため見えないが元気な声で、おそらくは笑顔でそう言った。


「大丈夫っす、俺も舞いあがっちゃってたんで…先輩遅いっすね、ちょっと俺見てきます」


 快は走り抜けると、トイレの方面に走って行った。

 …きっと俺のことを見てくると言いつつ、今は1人になりたい時間なんだろうな、失恋とはそういうものだ。

 …さて、そろそろ俺も輝鞘のところに向かうか。


「…はぁ、疲れた、どうして先輩じゃなくてあんなのに好かれちゃうんだろ、私って男運無いな〜、どうやったら先輩を私のにできるんだろ」


「…え?」


 輝鞘が疲れた様子でそんなことを目の前で言っていた。


「わっ!?せ、先輩!?も、戻ってきてたんだ、じゃなくて、今の違うよ?あんなっていう私の友達がいるんだけど、状況がちょっと似ててあの子のこと思い出しちゃって」


「え?あぁ、そうか」


 俺も移動しながらでそんなに集中して聞いてなかったし、周りもガヤガヤしてるしであんまり深くは聞こえなかったが、とにかく疲れているんだろうことはわかった…振られる側もしんどいが、振る側も振ってしまったという罪悪感と戦わなければならない、失恋に幸福の道なんていうものはそうそう無いんだろう。


「快のことを待つか」


「はいっ!…こうして2人で居ると、カップルみたい」


「あのな、そういうことを言うから勘違いされるんだ」


「…え、もしかして」


「…悪い、聞いてた」


「…最悪」


 輝鞘は小さな声で何か呟いた。

 …人のことを振ったところを見られてたなんて、気分の良いものじゃなかっただろう。


「…もしかして、今日のこの出かけようっていうのも」


「…あぁ、そのためだった、ごめん」


「……」


 輝鞘はその場にしゃがみ込むと、震えた声を出しながら手で目元を拭っている。


「私…彼のこと振っちゃったのに…先輩、そんなことさせるなんて…」


「え…いや、俺はただこの場を設けただけで…」


「最低…」


「うっ…」


 人を振った後、前の前例があるから演技だと考えられなくもないがどちみち悪いことをしてしまったということは事実だ。


「…頭ぽんぽんしてくれたら許そっかな」


「…え?」


「頭、ぽんぽん」


「そんなこと…」


「えぇぇぇ〜ん!!」


 ここだけは嘘泣きだとはっきりわかったが、輝鞘の演技力があれば本当に泣いていると思われてしまってもおかしくない。


「わ、わかったわかった」


 別に減るものでも無いと思い俺は輝鞘の頭を慰めるようにぽんぽんとした。

 その後数分してから快が戻ってきて、後少しだけモール内を回った後、俺はそれぞれ家に帰った。

 …さっきのこと、美弦にはバレないようにしよう、色々な圧力で俺自身が戸籍ごと消されてしまう可能性がある。

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