第30話 初(仮)動物園

 以前沙藍と旅行に行くなんていう話をしたが流石にアイドル、スケジュールはほとんど埋まっているらしくどこかで絶対にリスケするからと言われたきりまだ日程は決まっていない。

 今日は美弦にさらに世間を知ってもらうために街に出ている。


「今日はどこに行くんですの?」


「今回も着くまではお楽しみだ」


「わかりましたわ!」


 今まで色々と美弦は初めてなことを経験してきたが、以前のゲームセンターは変な人に絡まれたりもして危なかったことを覚えているため、できるだけ人目が多く危なくなさそうなところを今回は選んでいる。

 ファーストキス…あれはノーカウントだ。


「着いた」


「ここは…」


「動物園だ」


 動物園、多種多様な動物たちを見たり戯れたりできる場。

 ここなら変な輩はまずいないだろう。


「動物園…世界最大規模のところに幼少期一度行ったのみで、それ以外は行った記憶がございませんわね」


「やっぱり別のところにするか」


 俺は足を180度変え動物園からは逆になるように歩く。


「ま、待ってくださいまし!せっかく白斗さんと2人で行けるのでしたら是非行きたいですわ!それに行ったのは幼少期のことで、全く覚えてませんわ!」


「本当か?」


「本当ですわ!」


「…なら良いか」


 世界最大規模の動物園なんかと比べられたんじゃ感動は薄いだろうと思ったが、覚えてないなら話は別だ。

 俺たちは入場ゲートを通り動物たちを見に行く。

 まず最初に目にした動物は…


「ライオンか」


 なんとも孤高と言った感じだ。

 ライオンはこちらの方を見て唸っている。


「迫力があるな…」


 檻の中だから絶対に手を出されることはないだろうがそれにしたって威圧感が違う、野生から離れたとはいえ百獣の王の名は伊達じゃない。


「…ん?」


 ところが突如そのライオンは唸るのをやめ頭を抱え体を地につけた。

 まるで何かに平伏しているようだった。


「おい美弦、あのライオンを見てくれ、さっきまで─────」


「……」


 美弦がとんでもない目でライオンのことを見ている。


「美…弦?」


「どうしたんですの?白斗さん」


 美弦の表情は元通りになった。


「いや、ライオンかっこいいなってだけだ」


「白斗さんには敵いませんわ!」


 俺は動物園とは本来癒される場であると認識しているが美弦とライオンを見ていても癒されないことが分かったため次の動物のところに行く。

 次は…


「コアラか、可愛いな」


「はい?」


 コアラというのはなんとも可愛い心をくすぐるものがある。

 あまり動かないにもかかわらず木にしがみついている姿がなんとも愛らしい、そんな生き物だ。


「白斗さん、来てくださいまし」


「え?」


 美弦は俺に着いてくるよう言うと、隣に木があるベンチまで俺のことを連れてきた、この日陰で休みたかったんだろうか。


「見てくださいまし」


 美弦は木に軽くしがみついてみせた。


「…え、何してるんだ?」


「見ての通りですわ」


 見ての通りと言われても、見ての通り木にしがみついている美弦のことが理解できないから何をしてるんだと聞いたんだが。


「見ての通りって…服汚れるだろ?」


「違いますわ!そうじゃないですわよ!」


「え…?」


「さっきのコアラのことは木にしがみついているだけで褒めていたのに、私のことは褒めてくださいませんの!?」


「…それは」


 照れ臭いことだがこれは言わないわけにもいかない雰囲気だ。


「元々美弦は可愛いから、別に木にしがみついたって言うまでもないってだけで、もし今ここで可愛いって言ったら普段も可愛いって言わないといけなくなるだろ?」


「…そう、なんですのね」


 美弦は木から離れると、自分の顔を次第に赤くして行った。


「…白斗さん、せっかくですし、本日は写真を撮りたく思いますわ」


「あぁそうだな、せっかく動物園に来たんだし、動物の写真をいっぱい撮らないとな」


「いえ…そうではなくて、私たち2人で、ですわ」


「あ…」


 なる…ほど。

 確かに婚約者以前に幼馴染だったとしても写真くらいは撮るか。

 だが…確実に言えることは、このままもしなんの障害もなければ俺は近いうちに美弦と婚約者とまでは行かないまでも、恋仲になっているだろう。


「分かった」


「では…撮りましょうか」


「今!?」


「思い立ったら吉日、ですわ」


 美弦は一眼レフを取り出すと、それを俺たち2人が映るように調整し出した。

 …そんなものを軽々しく出すなんて、と美弦のことを全く知らなければ思っただろうがあいにく、そんなことで驚けるほど浅い関係じゃない。


「撮りますわよ」


「あぁ」


「はい、チーズ」


「えっ!?」


 美弦はシャッターを切る直前俺の方に自分の唇を当てた…ようはキスをした、それに驚いた俺の表情は驚いた表情になり、そこでシャッターが切られた。


「お、おい…!?」


「白斗さんはもしかすると将来恋仲にならなっても良い…とお考えかもしれませんが、天霧の人間と唇を接触させている画像がある以上、そのような甘い考えは今すぐお捨てになって、私の婚約者になられてください」


 美弦は俺のことを指さしながら言う。

 …まるで宣戦布告のようだった。

 …婚約者。

 正直それも美弦の家柄でいえばただの恋仲と変わらないのかもしれないが、ただ気がかりなことは…もう美弦には婚約者がいるということだ。

 そのことも、今度聞いておかないといけないな。

 俺たちはその後も動物を見て周り、遅くならないうちにそれぞれ帰宅した。

 なお、それぞれのはずだった帰宅中、俺は背中に謎の視線を感じた。

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