第23話 美弦の意思

 ゴールデンウィーク明け早々だが、近々体験学習なるものがあるらしく、それでどの職業を体験したいかを決めなければならないらしい。


「白斗さんはどの職業に興味があるんですの?」


 俺はというと選択候補が書かれているワークシートをなぞり、眺めてもあまりパッとしたものが見えない、興味があるものがいくつかはあるが、それでも興味がある、という程度で実際に行動を移すほどなのかと言われれば俯いてしまう。


「…俺はまだ決まってない、美弦は何か決まってるのか?」


「はい」


 流石と言うべきか、美弦にはしっかりと体験学習のビジョンが見えているらしい。

 こういったところからもやはり俺なんかよりも凄いということを思い知らされる。


「どこにするんだ?」


「もちろん白斗さんと同じところですわ」


 と思ったがどうやら俺が思っていたのとは違うらしい。


「そうじゃなくて…自分で気になるところはないのか?」


「そうですわね…強いて言わせてもらうのでしたら、この鍛造を営んでいるところですわね」


「鍛造…?興味あるのか?」


「はい、なにしろここは刃物を鍛造している中ではトップクラスに有名な場所、気にならないという方がおかしな話ですわ」


 美弦は目をキラキラさせている。

 …何が好きなのかは人の勝手だがあまり現代の女子高生に刃物で目をキラキラして欲しくないな。


「そうか…」


 俺は美弦の意見を一考に…入れることはできないため、改めて選択候補をなぞり眺めてみるも、特段気になると言ったものはな─────ん?

 俺は気になるものがあったのでそこで選択候補をなぞっていた指を止めた。


「…これは」


 俺が目を留めたのはイベントスタッフの文字。

 イベントスタッフなんて大変そうだが、あまり責任を取る必要のない体験学習という形で行くなら話が変わってくるかもしれない。


「何かご興味があるものがあるんですの?」


「あぁ、あった」


「どれですの?私もそれに致しますわ」


「…悪いが教えられない」


「どうしてですの!?」


「美弦には美弦の気になるものを学習して来て欲しいからだ」


 美弦はいつも俺に合わせてくれようとするが、そろそろ自分を第一に考えてそれを行動に移すということをしてもらいたい。

 そうでないと、もしかすると将来後悔するかもしれない。

 これは自分の意思で決めるべきことだ。


「そんな…!そんな酷なことを私に言うんですの!?」


「酷かどうかは実際に行ってみないとわからない」


「わかりますわよ!想像するだけで吐き気が催して来ましたわ…」


 実際、美弦の顔色が少し悪くなってきた。


「そうかもしれないが…少しの間だけの辛抱だ、それに今は辛抱と思ってるかもしれないが、行ってみると良い経験になってる可能性だって絶対の否定はできないだろ?」


「そんなのずるいですわよ!未来のことなんて誰にもわからないですわ!」


「そうだ、だから行ってみないとわからない」


「ぐぬぬですわ…」


 美弦はまさにぐうの音も出ない、といった様子だ。


「白斗さんはもうお決めになったご様子ですし、そのワークシートを貸していただけませんか?」


「え?あぁ」


 別に今日提出しないといけないシートではないため構いはしないが、自分のワークシートを見ればいいのに…などという現実的なことを言うのはご法度だろう。

 俺は美弦にワークシートを手渡す。


「…翌日まで、これをお借りしても構いませんの?」


「明日まで…?別に構わないが」


 元々俺と同じところにする予定だったからかおそらく全く考えていなかったんだろう、考える時間は必要だ。

 …だがそれなら俺のやつである必要があるのかどうか余計に疑問に思ってきたが、それはもう本当に押し込めておこう。


「ありがとうございますですわ」


 それから長考するのかと思えば、美弦はすぐにそのワークシートをファイルに入れ、そのファイルを鞄に戻した。

 家でじっくり見る、ということだろうか。

 そして翌日…問題なく美弦からワークシートが返却された。


「じゃあ皆さん、昨日配ったワークシートを提出してください」


 昨日のワークシートの最後のページには、どこを希望するのかを記入する欄がある。

 俺はそこに面白そうだからという理由と経験として得ておきたいという理由でイベントスタッフを選んだが、美弦は何を選んだのだろうか。

 先生がそれを集計している最中、俺は少し気になってしまったので隣にいる美弦にそれとなく聞いてみることにした。


「美弦は何を希望したんだ?」


 やはり刃物鍛造なんだろうか。


「私は突如の体験学習に興味を持ちましたので、そちらを希望させていただきました」


「え…!?」


 俺と同じ…そんな偶然、あるか?


「なんて、実は白斗さんに昨日貸していただいたものは、昨日白斗さんがわかりやすく指で選択候補をなぞっていたのを見させていただいていたので、それを鑑識に出してすぐに指紋の流れを出させていただきましたわ」


 一体それだけのために何円のお金をかけたんだ…流石財閥令嬢、恐るべし、だな。


「私が本当に気になるのは…白斗さんだけですわよ」


「……」


 俺たちは、共にイベントスタッフの体験学習に行くことになった。

 イベント内容は、ということが後日公表された。

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