第18話 手違い

「白斗さん、そろそろお風呂の時間のようですわ」


「あぁ、そうか、確か大浴場が解放されるんだったな」


「そうですわ…ですがそれは私たちとは関係ありませんの」


「え?」


 夜になり、お風呂の時間になったらしいので大浴場に行く気満々だった俺に、美弦は意味深な言葉を告げる。


「同性とは言え、白斗さんの裸体を他の方にお見せするなんて私、いやだったんですの、しかも同棲なら1万歩譲って許せはしますが、身長が規定に満たない女児も殿方のお風呂場に居ることがあると聞きますわ」


 確かにそういったこともあるかもしれない。


「それは何歩譲っても、いえ、譲れないんですわ」


「別に子供なんだからそんなの気にしなくて大丈夫だと思う」


「白斗さん、それは女児に対して犯罪を犯した方と少し似たような思考回路をお持ち、という解釈で大丈夫ですの?もしそうなのであれば、私もあまりこのようなことは言いたくありませんが、少し白斗さんに教訓というものを教えて差し上げなければならなくなりますわ」


「…俺が悪かった」


「わかっていただけたようでよかったですわ」


 これから女児好きの異端児だと思われるよりかはまだその美弦の意見を聞き入れた方がずっと平和的だと判断した。


「そこで私、こんなものを予約しておきましたの」


 美弦は俺に一枚のチケットを見せた。

 そこには高級露天風呂部屋と書かれている。


「これは…?」


「少しお値段を支払い、高級露天風呂に入る権利を頂きましたわ、あのお値段、おそらくそうそう簡単には手をつけることができない値段ですので、実質ほとんど貸切だと思ってよろしいと思います」


 高級露天風呂か…楽しみだな。

 美弦の意図的には楽しむ目的ではないのかもしれないが、俺の視点では露天風呂というだけでワクワクす…ん?


「待て、美弦…」


「なんですの?」


「…何円、したんだ?」


「…白斗さん、お値段を聞くなんて、このような楽しい場では似つかわしくない行為ですわ!また今度でいいじゃありませんの!」


「幼馴染なんだ、そんなのは無礼講だ、それに明らかに隠すように言ってるだろ?もしかして相当お代払ったのか?」


 …よく考えると高級なんて単語がついてる時点で絶対に高かったことだけは間違いない。


「本当に気にしないでくださいまし、私の財産の1万分の1にも満たないほどの金額ですわ」


 規模が大きすぎてそれがどのぐらいの大きさなのか見えない自分がいるが、確かに楽しみに来ているのに金額ばかり気にするのはナンセンスだ。


「…せっかくなら楽しませてもらうか」


「はいですわ!」


 俺は払ってしまったものは仕方ないと割り切り、純粋な気持ちで高級露天風呂というものに臨むことにした。


「どっちが先に入るんだ?」


「白斗さんからお先に…あぁ〜!なんということですのっ!」


 俺から入って欲しいという旨を言おうとしたところで、美弦は何かに気づいたように叫んだ。


「どうした?」


「たくさんお時間を取りましたつもりが手違いで1時間しか取れていなかったですわー、これは本当に困りましたわねー」


 言葉に抑揚が無いのは何故だろうか。


「1時間もあれば十分な気もするが…」


「2人で別々に入ることを頭に入れると、大体半分半分としても30分ほどしか露天風呂を楽しめませんのよ!?シャワーなども含めればもっと少ないかもしれませんわ!」


 言われてみればそうかもしれない。


「…そうですわ、本当に手違いの結果こんなことになってしまうのは申し訳ないのですけれど、2人で一緒に入りませんの?」


「2人で!?」


 美弦は急遽俺の頭を混乱させてくる。

 2人でって…その前に待て。


「高級露天風呂部屋っていうのは俺たち貸切じゃないんだろ?だったら他の人も居る可能性は無いのか?」


「ここの旅館の高級露天風呂は時間によってその入る方達の年齢を一部例外で制限しているそうですの、ですから私たちが入る時は高校生の年齢用になっていまして、おそらくあの値段では高校生では手が出せないと思われますので、大丈夫ですわ」


 本当に何円したんだ。


「そう言えば白斗さん、少し帰りが遅かったですわね」


「え…?そうか?」


 特に遅くなったりしていないはずだが…


「白斗さんのお手洗い時間の平均と歩幅とここからトイレの距離を考えればあと20秒ほど早くて普通だったはずですわ、何かあったんですの?」


「大丈夫だ、ちょっと一瞬迷ってな」


「やっぱり迷ったんじゃ無いですの〜!心配ですわ〜」


 …読みがすごいな。

 一瞬あの子と会話という会話すらしていないぐらいの間だったのにそれでもこんなに詰め寄ってくるとは。


「それと白斗さん、仲居の方が来ても私が対応しますので、白斗さんは黙っていてくださいましね」


「なんでだ?」


「白斗さんが他の女性と話すのを見たくないからに決まって─────というのは異常と思われるかもしれないので隠しておいて、私の方が旅館に関しては対応に慣れていると考えるからですわ」


「そういうことならわかった」


 ほとんど早口で聞こえなかったが最後の一文だけはゆっくりになったため聞き取ることができた。

 その後俺と美弦はお風呂の時間になったため、露天風呂の部屋まで向かった。

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