第19話 再会

 露天風呂の部屋に入ろうとしたところで、その部屋の中から小さな会話の声が聞こえてくる。


「では私たちは高校生ではないので一旦失礼しますが、時間厳守でお願いします、1時間ですよ」


「はい、わかってます」


 よく分からないが厳しそうだ。

 まぁどちみちこの露天風呂は時間が限定されるらしいが、それにしたってあんなに固い言い方をしなくてもと思ってしまう。

 すると中からスーツ姿の女性が1人出てきた。

 俺と一瞬目が合ったが、特に何もアクションを起こさずに通りすがっていった。


「美弦、もう中に誰かい─────」


「白斗さんもしかすると入ろうとしている部屋を間違えているかもしれませんわ、そうですわ、きっとそうに決まってますわよね」


「…え?」


 美弦が焦点の合わない目でそんなことを呟く。


「何言ってるんだ…?露天風呂はここだぞ?」


「私が予約したのは一応一般の方では高級という分類になり、高校生が手を出せる額じゃないはずですの、親に出してもらうにしても子の1時間のためだけにあの金額を出すとは考えづらいですわ、なのに…なのですわ!どうしてこの中から女性の声がしたんですのよ!」


「さっき出ていった女の人じゃないか…?」


「もう1人女性の声がしましたわよ!!はぁ、これではこの露天風呂を選んで意味がありませんわ…」


 美弦はショックそうにしている。

 …正直俺としてもこの中に居る全く知らない高校生の女子とほとんど裸のような姿で一緒に居られるかと思うと相当精神を擦り減らすことになるだろう。

 だが旅館にまで来て、お金も払っているのにせっかくの露天風呂に入らないというのはいかがなものだろうか。


「中に何人いるかは分からないが、そんなに大人数じゃないだろうし、なんとか気にせず露天風呂を楽しめばいいんじゃないか?」


 俺は提案してみる。


「…わかりましたわ、その代わり常に他の方達の居る側と白斗さんを挟む形で私を居させてもらいますわよ」


「はぁ…わかった」


 正直仮にこの中に男子も居るんだとしたらどう考えても美弦の方がリスクというか…恥じらいの心を持つべきではあるんだが、美弦にはそう言ったものが生憎と欠如しているのか、はたまた俺のことを大事に思ってくれていたりするらしい。

 中に入るともうそこには誰もいなかった、おそらくもう露天風呂に入っているのだろう。


「あちらの方で着替えてきますわ」


「あぁ」


 美弦は少し俺と距離を取った。

 やはり裸とまではいかないまでもそういった姿を見られるのが恥ずかしいんだろうか。


「白斗さんのあんな姿やこんな姿なんて見てしまったら私の身が持ちませんわ…好奇心もありますがここは我慢ですわ!」


 俺と美弦はそれぞれ然るべきところにタオルを巻いた。


「美弦、じゃ─────」


「きゃあぁぁぁぁですわ〜!」


 美弦は突然叫ぶと、咄嗟にその場にしゃがみ込み両手を覆っている。


「なんだ?」


 絵面だけ見ると俺が変なことをしたように見えてしまうため周りに人がいないことはわかっているがやめてほしい。


「なんだじゃありませんわよ!白斗さん、ちゃんとタオルを巻いてくださいまし!」


「何言ってるんだ?腰にちゃんと巻いてる」


「何言ってるんですの!肩から膝下までですわよ!」


「なんで俺がそんなことしないといけないんだ!?それは女子の巻き方だろ!?」


 女子がその巻き方をするのはわかるが俺までそんな巻き方をしないといけない道理は存在しない。


「で、でも…ダメですわよ!刺激が強すぎますわ!」


 こんなことで本気で赤くなってるのに良く一緒に温泉付きの旅館に行こうだなんて言えたものだ。


「美弦、時間がないからこうして一緒に来てるんだろ?だったら早く入ったほうがいいんじゃないか?」


 俺だって美弦の姿に目のやり場をどこにするか考えているのに、美弦がそこまで動転してるなら逆に落ち着いてきた。


「そ、そうですわね、そうですわよね」


「大丈夫ですか─────!?」


 俺の後ろから女性の声が聞こえてきた。


「え─────」


「振り返っては行けませんわ白斗さん!」


「え…?」


 …あぁ、そうか、俺の後ろということはお風呂から出てきたということだ、つまり姿もそれ相応の姿をしているんだろう。


「わかった…それで、大丈夫っていうのは…?」


 俺は後ろの人に語りかけてみる。


「……」


「えっと?」


 何故か返事がない。

 床を見るとかすかに影が見えることから確実に俺の後ろに居るはずなのに何故か答えてはくれないらしい。


「…私、この方のことどこかで見ましたわ」


「え…?」


 美弦が奇妙なことを言い出す。

 確かに高級露天風呂に来れる高校生なんて数少ないだろうから財閥界隈の人のコミュニティの人の可能性は十分にある。


「あ、思い出しましたわ!学校で見ましたわよ!」


「学校で…?」


 俺が疑問に思っていると、後ろから手で目を覆われた。


「えっ…?」


「だーれだ!」


 目を覆われたらわかるわけがない、と伝えようかと思ったがこの特徴的な声と美弦が学校で見たことがあると言ったこと、そしてさっきトイレ前で会ったことからそれが誰なのかわかった。


「あの子か…」


「あの子じゃなくて私にもちゃんと沙藍さらって名前がありますぅ!」


沙藍さら…?下の名前よりも上の名前の方が呼びやす─────」


「白斗さん!もうお時間が無いですわ!早く入りますわよ!」


「え、え?あぁ」


 俺は美弦に引っ張られる形で露天風呂に入った。

 沙藍と名乗った女子は、お風呂には入ってこなかったようだ。

 その後俺は、美弦に言いたいことがあると露天風呂に浸かりながら話を切り出された。

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