第17話 旅館

「着きましたわ!」


 俺は美弦の案内のもと、その恋愛成就の温泉があるという旅館にやってきた。

 俺からすれば旅館という響きだけでワクワクするものだ。


「楽しみですわね!」


「あぁ、楽しみだ」


 美弦も目を輝かせている。

 …美弦からすれば旅館なんて珍しくもなんともないだろうからもしかするとあんまり楽しくないかもしれない、と少し考えてしまっていたがそれが杞憂で終わりそうで何よりだ。

 旅館の中に入ると、フロントの人が手招きしてくれた。


「何名様ですか?」


「予約していた天霧ですわ」


「あ、かしこまりました、こちらのお部屋をお使いください」


 美弦が手続きをしている。

 外に出かけた時は俺がこういう手続きをしていたから美弦がこういう手続きをしているのを新鮮に感じる。

 …外からの外観でもわかったが、本当に高そうな旅館だ。


「もしかすると少し物足りないと思っているかもしれませんが、少し辛抱してください…」


「え!何言ってるんだ、めちゃくちゃ良いところじゃないか!」


 美弦が本気で申し訳なさげにしていたので俺は力強く否定する。

 こんな良いところで物足りないなんて思うほど俺は物を知らなければそんな贅沢にもなれないだろう。


「そんなに気に入ったんですの…?」


「あぁ、頻繁には来れないだろうが、この廊下の透明なガラスの先に小さな池と竹が見える感じとか和風で好きだ」


 高級感がある、本当に俺には場違いだ。


「…ここを買い占めるものありですわね」


「え、なんだって?」


「なんでもないですわよ〜」


 部屋に着くと、俺たちはとりあえず荷物を置くと、周りを見回した。


「すごい部屋だな…」


 広くて部屋の外にさっき見たような小さな池と竹が見える。


「…先ほどフロントの方に言われたのですが、どうやら本日はテレビが入っているようですわ」


「…え?」


 テレビ…?


「どういうことだ?」


「詳しくはわからないのですが、アイドルの方が来ていらっしゃるらしくて、迷惑にならないようにとは言っていましたが、一応と言われましたわ」


 しれっとすごいことを言われたな。

 特にアイドルに興味のある人生を送ってきたわけではないが、身近に居ると言われれば少し見てみたくはあるな。

 まぁ迷惑になりたくないからそんなことはしないが。


「そうか」


「…白斗さんはアイドルという業種の方に興味はございますの?」


「特に無い」


「本当ですの?」


「本当だ」


「でしたらもし白斗さんがアイドルという業種の方とお話ししていたらどうしますの?」


 どうしますのって…まぁそんなことは起きないし適当に答えるか。


「その時は手でも足でも好きにしてくれ」


「わかりましたわ!」


 なんでそんなに意気揚々としているのかは謎だが美弦に謎な部分があることはもう十分承知しているため今更か。

 部屋を堪能していると、早いことにもうお昼になった。


「失礼いたします」


 仲居さんがお昼なのでと、料理を給仕してくれに来た。

 魚に味噌汁、白ごはんに小さく蟹味噌も添えられている。

 和食といった感じだ。

 俺はそれを口に含め、飲み込む。


「…流石だ、美味しいな」


「私とどっちが美味しいんですの?」


「…は?」


 私と…?


「私が作ったお魚料理とどっちが美味しいんですの?」


 そういうことか。

 美弦の家に泊まった時に作ってもらったのも魚料理だったな。


「美弦の料理の方が好きだな」


「〜!」


 美弦は嬉しそうな顔をしている。


「そんなっ…美味しいかどうかを聞いていますのに好きだなんて言われると、照れてしまいますわよっ!」


 美弦は両手で目を隠して顔を横に振っている。

 …嬉しく思ってくれているならそれでいいか。


「悪い、ちょっとトイレに行ってくる」


「あ、私も着いていきますわ!」


「あぁ…あぁ!?何言ってるんだ!」


「知らぬ地に白斗さんを住まわせることさえ不安ですのに、1人にするなんてもっと持っての他じゃありませんの…」


「あのな、俺は子供じゃないんだ、トイレにぐらい1人で行ける」


「迷子になったらすぐ私に連絡してくださいましね?変な女性に絡まれたら叫んでいただければすぐ私が助けに参ります!というか女性に話しかけられたらすぐ叫んでくださいまし!」


「だから大丈夫だって言ってるだろ!あとなんで女性限定なんだよ!」


 俺は美弦に部屋に居るよう言い残すと、1人でトイレに向かった。


「…よし」


 トイレを終えた俺は、手を洗いトイレから出た。

 何が不安だ、俺だって1人でトイレぐらいは行ける。

 どうしてあんなにも過保護なんだ…


「…え」


「…ん?」


 俺がトイレから出ると、時同じくして女子トイレからどこかで見覚えのある顔の人が和服でトイレから出てきた。


「えぇと…そうだ、あの手紙の…」


「…え、えぇぇぇぇぇ!?」


 俺だってもちろん少し驚いたが、この子は俺よりも更に何倍も驚いているように見えた。


「そんなに驚くか!?」


「驚く!なんで先輩がここに!?えっ、待って、私これから温泉だからってメイク落とし…いやぁ!見ないでぇっ!」


 そう言うと少女は女子トイレに戻っていった。

 …そう言えば目の色とかは少し違うように見えたがそれ以外は特に前見た時と変わらず美人だったな。

 俺は特にここに残る意味もないと感じ、美弦の待つ部屋に戻った。

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