第10話 初天霧邸宅

「───斗さん──て───の」


「……」


「白斗さん、起きて欲しいですの」


「…ぁ?」


 俺が目を覚ますと、黒の天井。

 いつも見慣れている天井…ではない。

 俺の部屋の天井は白だ、黒色じゃない。


「…ここは?」


 俺が眠ってるところにどうして美弦がいるんだろうか。


「ここは車の中で、今白斗さんが居るのは私のお膝の上ですわよ」


「あぁ、そうか…結婚式場からの帰りに眠ってしまったのか…は、なんて言った?」


「ですから、今白斗さんは私のお膝の上に頭を置いているんですのよ」


「……」


 俺は無言で起き上がり、恥ずかしくなった。


「白斗さん!そんなお可愛いお顔を見せないでくださいまし!私の方が倒れてしまいそうですわ…!」


「うるさい!もう降りるんだろ?」


 俺は逃げるようにして車から降りる。

 俺は 俺は半強制的に美弦の家の前まで連れてこられた。

 車から降りてその家…邸宅を見ると、改めて度を超えた大きさだということを認識させられる。


「白斗さん!私の両親にご挨拶お願いいたしますわ!」


「…挨拶!?」


 なんだそれは、そんなこと聞いてない。


「直談判って話だったじゃありませんの!」


「直談判って…冗談だろ?いきなり美弦の両親に挨拶って…なんて挨拶するんだ?」


 美弦の両親は一度だけ幼稚園児の時に見たことがあるがほとんど記憶に残っていないし、どんな人柄かも忘れてしまった。


「もちろん!天霧財閥を倒産していただくようお願いするんですわ!」


「は…!?できるわけないだろ!?」


 そんなことしたら本当にこの国が崩壊してしまうかもしれない。

 大袈裟に聞こえるかもしれないがそれだけ力を持っている財閥だ。


「私が本気でお願いすればできるかもしれませんわ!私はどうしても白斗さんとご結婚いたしたいんですの!」


 相変わらず美弦からは本気の意志を感じる。


「そ、そんなことしなくても─────…」


 俺は出かかった甘い言葉をグッと抑える。

 これは一時の感情で決めて良いことじゃない。


「そんなことしなくても…なんですの?」


「…いや、なんでもない」


「…では、私のお家に上がって欲しいんですの」


 俺たちは目の前にある門を潜り、普通の家の敷地分2つ分ほどの長さの庭を越え、ようやく美弦の家の玄関に入ってくることができた。


「入ってくださいまし」


 家の中に入ると、天井が異様に高い玄関に、目の前には左右に分かれる廊下と正面に大きな扉がある。

 本当にアニメとかの世界観だ。


「正面は食堂になっていますの」


 …何気に初めて美弦の家来訪になってしまったが、本当に改めて住んでいる世界が違うんだなと実感させられる。

 こんな家に日頃住んでいて、いつも俺の家に来るときはどんな感情を抱いているんだろうか。


「ここにお母様とお父様がいるはずですわ」


「え…!?」


 美弦はさらっと衝撃的なことを言う。


「こんないきなりなのか…!?」


「他に何がありますの…?」


「ちょっと心の準備してからとか…」


「そんなのしてる暇がありましたら婚約できますわよ!」


 美弦は俺の手を取って食堂に入った。


「お母様、お父様、大事なお話がありま─────…あら?」


 食堂の中に入ると、とても家族だけの分の大きさの机とは思えないほど大きな机に、白いテーブルクロスがかけられている。

 …だが。


「誰も居なくないか?」


「…うっかりしていましたわぁ!」


 美弦はその大きな声を食堂に響かせた。


「今日はお母様とお父様はお二人で旅行に行っているという話でしたわ…」


 それは確かに大分うっかりしてしまったな…だが俺としては心の準備も無しに会いたくなかったため、運が味方してくれていると言ったところだろうか。


「お嬢様、うっかりしてしまいましたね」


 後ろから神崎さんが食堂に入ってきた。


「神崎!あなた、気づいていましたわね!?」


「はて、なんのことでございましょうか」


 神崎さんはあまり関わりのない俺ですら分かりやすいほどとぼける。


「どういうつもりですの!?」


「本日はこれから17分と30秒後から、雨が降るとのことでございます」


「…何の話ですの?」


「困りました、ちょうど今この家の傘を全て切らしてしまっています」


「だから何の話なんですの─────…」


 美弦はもう一度同じ疑問を投げかけたところで、黙り込んだ。

 雨…?俺にもさっぱり何の話をしているのかわからない。

 それに傘が全て折れているなんてことはあるのか…?


「…それは大変ですわね」


「はい、有事でございます、私はこれからお洗濯物を入れなければなりません」


「そうですわね」


「はっ、でも空薙さんは傘を持ってきていなかったご様子…どういたしましょうか」


 俺のことを気遣ってくれているのか。


「あ、大丈夫です、ちょっと濡れるぐらいなら」


「お忘れですか?ここには車で来ていますので、ちょっと、では済むとは思えない所存です」


「…え、そんなに遠いんですか?」


「普段であれば遠い、と表現するには近いかもしれないですが、雨の中傘無く歩くと考えると、遠いと言えるでしょう」


「……」


 どうするか…甘奈さんに迎えに来てもらおうにも、この場所の正確な地理が俺にはわからない。

 かといってこれから洗濯物を入れないといけないという神崎さんにそんなことを頼むのは申し訳ない。


「そうですね、今晩は空薙さんに泊まっていただくというのはいかがでしょうか?」


「…え!?」


 俺はすぐに反論しようとするが、俺がそれを口にする前に美弦が反論した。


「ダメですわよ!白斗さんにご迷惑ですわ!」


 何か美弦のこの発言には違和感を覚えるが、気にするほどでもないか。


「いえ、濡れていただく方が心配ではありませんか?」


「それもそうですわね、なら泊まっていくべきだと思いますわ!」


「変わり身早すぎるだろ!」


 雨どうこうの話の前にも色々問題がある。


「こんなこと想定してなかったので着替えとか持ってきてないですよ」


「ご心配には及びません、お嬢様が空薙さんに着ていただくことを妄想している服が空薙さんのサイズと一寸違わずお嬢様のお部屋にあるはずなので、そちらを着用されるとよろしいかと、下着も持っていらっしゃったかと」


「…え」


「神崎!なんでそれをバラすんですの!」


「失礼いたしました」


 神崎さんは小さく微笑む。

 何かすごいことを聞いてしまったようが気がするが…もしかすると本当に泊まるしかないのかもしれない。


「…わかりました、本当に雨が降ったら泊まります」


「承知いたしました」


 俺はこの曇り空が晴れることを祈り、そう言った。

 …が、神崎さんの言う通りその17分と30秒後に雨が降ってきたため、俺は不本意ながらも美弦の家に泊まることになった。

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