第8話 恋の駆け引き

「まずいですわ!」


 私は白斗さんのお家から自宅に帰り、私の部屋で事態の深刻さを痛感しているんですの、何故なら…


「まさか白斗さんまでもがあんなものを持っていたとは…ですわ」


 あんないかがわしい絵が描かれた本を白斗さんが所持していたなんて今まで知りませんでしたし驚きですわ…この年齢の殿方なら普通のことなんでしょうか。


「…いえいえ!でも許せませんわ!」


 あんなものに頼らなくても、言ってくだされば私が白斗さんのご要望に完璧にお答えしますのに…!


「何故なんですの〜!」


 私が部屋で一人考えを頭に回らせていると、使用人の神崎かんざきがノックをしてから私の部屋に入ってきましたわ。


「お嬢様、少しお声が大きいようですね」


 神崎は古風な言い方をすればメイド、今風に言うと雇用人の使用人ですわ。


「聞いてくださいまし!」


 私は事態の深刻さを語りましたわ。


「なるほど…確かに、それは深刻な事態かもしれません」


「そうなんですのよ!」


 白斗さんは何食わぬ顔をしていましたが今回は私の方が普通なんですわ…!どうにかして白斗さんの目を覚まさせて差し上げなくては…!


「ですが…彼も男性ですし、そのようなことに興味が出てくるのも時期的に仕方ないことなのかもしれません」


「わかってますわ…!でも…!」


 私以外を目の肥やしにしているなんて許せませんわ…


「わかっております、お嬢様は幼少期から空薙さんのことを好いておりましたから、心が晴れやかではないのでしょう」


「そうですわ!」


「でしたら、そろそろ婚約…世間で言う告白、というものを済ませておいた方が良いのではないでしょうか?」


「それはもう最近済ませましたの!」


「お返事は?」


「…断られましたわ」


「…類は友を呼ぶ、お嬢様が興味を抱く御仁はお嬢様と同じで少し変わっておられるようですね」


「少しなんてものじゃありませんわ!」


 私のアプローチには全く気付いてくれませんし私がどれだけ白斗さんを大事に思っているかもおそらくまだ伝わっていませんわ、総称して鈍い、というやつですわ。

 でもそれでいてかっこよくて判断力もあって優しくて私のことを励ましてくれたりもして…


「お嬢様、すごい顔になっておられます」


「そんなことないですわよ!」


「それだけ空薙さんのことを好いている、ということです」


 私は神崎から少し顔を逸らしますわ。


「ですが、それならそろそろお嬢様も覚えなければいけないかもしれません」


「何を…ですの?」


というものを、です」


 神崎は少し真面目な表情に変わりましたので、私は逸らしていた顔を改めて神崎に向き直しますわ。


「お嬢様はそのお立場故家族以外の愛というものにあまり触れてきませんでした、ですから、これからは少しずつでも恋愛の勉強をして、空薙さんをお嬢様の恋人、と呼べる存在にしてはいかがでしょうか」


「恋愛…」


 今までそんなものには縁がないと思っておりましたが、私が白斗さんにしているもの、これも…恋愛、なんですのね。

 …でも。


「目指すなら恋人ではなく、ですわ!」


「相変わらずですね」


 神崎は子供を見るような顔で私に微笑みますわ。


「こ、子供扱いしないでくださいまし!」


「してませんよ」


「嘘ですわ!」


 …当面の目標は決まりましたので、思い立ったら吉日を元に今すぐにでも行動したいですわね。


「…でもさっき帰ってきたばかりなのにもう一度行ったら白斗さんに面倒がられてしまうかもしれませんわ」


 どうすれば良いんですの…?


「お嬢様、こういう時こそインターネットでございます」


「インターネット…?」


「お嬢様は去年の高等教育学校に上がった際に空薙さんと連絡先を交換されていましたよね?」


「えぇ、今も良く使っておりますわ」


 白斗さんとのメールは私の生きがいの一つですわ。


「では、それを駆け引きに使うのです」


「駆け引き…ですの?」


「私が言うよりやってみた方が早いかもしれません、空薙さんからメッセージは来ていませんか?」


 そう言われ確認すると、白斗さんからメッセージが届いていましたわ。


『まだ夜は暗いから多分無いとは思うが、極力寄り道とかはしないようにな』


 白斗さんらしいものすごく優しいメッセージですわ。


「空薙さんらしい優しいメッセージですね」


「ですわ!…でも、これでどう駆け引きするんですの?」


「空薙さんのメッセージが優しいので駆け引き…は難しいかもしれませんが、空薙さんの本音を引き出すことは可能でございます」


「どうするんですの!?」


 私は神崎に言われた通りメッセージを打ちますわ」


『はい!…もし私が寄り道したら、どう思うんですの?』


「…言われた通り打ちましたけど、本当にこれで大丈夫なんですのね!?これでもし白斗さんから面倒だなんて思われたら明日から生きていけませんわよ!?」


「大丈夫です、彼ならきっと─────」


『それは心配になるから、今度からは俺が送って行くことになるな』


「─────言った通りでございます」


「こ、こんなにも簡単に白斗さんの優しさを受けることができるとは…すごい技術ですわ!今までだったらこんなこと言われませんでしたのに!」


「時々不安にさせるようなことも、恋愛には必要なのでございます、やりすぎには注意ですが」


 これが恋愛の駆け引き…少しわかった気がしますわ。


「これで空薙さんがお嬢様のことを送ってくださり、一緒に居てくださる時間も増えてくれると推測できます」


「いえ、白斗さんに私のことを送っていただきたくはありませんわ」


「…何故ですか?」


「私のことを送ると言うことは、白斗さんはご自分の家にお一人で帰るということですわよね?つまりその間一人で夜道を歩くことになりますわ」


「……」


「つまり!非常に!!危ないんですの!!」


 誰に狙われるかわかったものじゃありませんわ…


「…類は友を呼ぶ、ですね」


 私は白斗さんにその優しさは嬉しいですがと枕詞におき、次のお出かけの予定の話をしましたわ。

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