第7話 殿方の本

 今日は土曜日、学校は休みで休日だ。

 いつもならこのありがたい休暇を満喫しているところだが、一昨日はおそらく俺の人生の記憶に残り続けるであろう事態が起きた。

 俺が美弦とキスと言われる行為をしたことだ。

 それもただのキスじゃない、ファーストキスだ。


「本当になんなんだ、ポッキーゲームって…」


 帰ってからポッキーゲームについて検索すると、それが恋人間で行われるゲームだということが判明した。

 1本のポッキーの先端を2人の男女で食べ進めて行けば最終的には唇と唇が重なり、結果的にキスをすることになる、ということらしい。


「しかもそれを美弦はなんとも思ってなさそうだったな」


 そう、一昨日ゲームセンターから家に帰り次の日、一緒に登校しようと俺のことを迎えに来た美弦の様子は全くそのことを気にしていないような素振りだった。

 そして今日も休日ということで後で美弦が俺の家に来ることになっている。

 最近は美弦を慣れない環境に置きすぎていたので、今日は俺の家で過ごす予定だ。


「…あ」


 少し面倒ではあるが甘奈さんの衣類を洗濯機に入れておくか。

 そうしないと美弦に何を言い出されるかわからないしな。


「女性用下着店のところに行っただけであんなに慌ててたもんな…」


 本当に一体今までどれだけ普通の世界というものに触れてこなかったんだ。

 俺は甘奈さんの服を全て洗濯機に入れた。


「よし…」


 これであとは美弦のことを待つだけだな。

 その5分後に美弦が俺の家にやってきた。


「お邪魔しますわ!」


「あぁ、入ってくれ」


 俺は美弦のことを家に招き入れる。

 家にあげること自体は何百回としているので今更緊張感は無い。


「なぁ、美弦」


「なんですの?」


「…前のことだが、俺と…キスしたことは特に何も気にしてないのか?」


 昨日はあえて聞いていなかったが直接聞いた方が早いな。


「…き、気にしてませんわよ…?」


 …ん?


「本当か?」


「え、えぇ、別に思い出すと少し恥ずかしくなるだなんて思っておりませんわ」


 俺だけが変に考えすぎているのかと少し不安になっていた節もあったが、どうやら美弦も人並みに恥ずかしいという感情はあるようで安心した。


「そうか」


「はい…そ、それで、本日は少し要件がありますの」


「要件…?ただ遊びに来ただけじゃ無いのか?」


「はい」


 何も聞かされていない…要件。


「どんな要件なんだ?」


「私は白斗さんの仰る通り普通というものをあまり知らずに生きてきたので、白斗さんのことをもっと知るためにも高校生の殿方の普通を知ろうと思いましたの」


 なんで自分よりも先に俺のことを知りたいのかは謎だが普通というものに興味を持ってくれただけで今後生きやすくなるだろうからそこは大目に見よう。


「なるほど、その普通っていうのは?」


「はい、聞いたところによりますと殿方は女性の裸体の本を自分の部屋に何冊か所持していると書いてありましたわ」


「…悪い、なんて言った?」


「女性の裸体の写真が載せられている本を自分の部屋に何冊か所持していると書いてありましたので、白斗さんがそんなものを持っているのであれば考えなければならないことがありますので、本日はそれを確認しに参りましたの」


 今まで美弦がいわゆる下ネタと呼ばれるものを一度も言ってきたことがなかったので、正直驚いている。

 俺も男子高校生、確かにそういう本を持っていてもおかしくはないが…俺は持っていない。

 そもそも世の男子たちがそんなものを一体どんな経路で入手しているかの方が気になる。


「そんなの持ってないからそんなことしなくていい」


「何かを隠そうとしてるように見えますわ」


 もう完全に疑いモードになってしまっている。

 こうなった美弦を止めるには俺もそれ相応のものを差し出さないといけないが本当にそういったものは所持していないし、別に良いか。


「そこまで言うなら分かった、俺の部屋に上がってくれ」


 俺は美弦のことを自分の部屋にあげる。


「白斗さんの部屋は香ばしい匂いがしますわ」


「そうか?」


 別に何も匂い関連のものを置いたりはしていないはずだが。


「そういったものはベッドの下に隠すのが定番と聞きましたわ」


 美弦はベッド下を覗き込んでいる。

 それはもう定番になりすぎておそらくもう誰も置いてないだろうな。


「…ありませんわね」


 美弦は立ち上がり次は本棚の前に向かう。


「となるとこの本の中に紛れ込ませているに違いありませんわ」


「どこまで疑ってるんだ…」


 美弦は本を取っては戻し、取っては戻しを繰り返している。

 別に見られて困るものはないから別に良いが…


「…これは!」


「どうした?」


「…やはりあったんですのね」


「え…?」


 あったって…俺はそんなもの買った覚えはないしもらったりもしていない、というか他人からもらえるわけもない。


「これですわ!どうしてこんな…!」


「…あ」


 美弦が取り出したのは最近の小説によく差し込まれている挿絵のフルカラーバージョンのイラストだ。

 少し際どい格好をしている女の子がそこには描かれているが、このシーンはそんないかがわしいシーンではなく、むしろ仲間のために自分の身を削ってでも戦うというかなり格好良いシーンだ。


「違うぞ?それは別にそんな意図で買ったものじゃない」


「嘘ですわ!」


 信じてもらえないようだ。


「どうして私に隠れてこんなものを…将来婚約する私にくらいは相談してくれてもよかったと思いますわ」


「だから俺は婚約するとは─────」


「白斗さんは私と婚約しますの」


「……」


「絶対に、ですわ」


 美弦のではない、並々ならぬ思いを感じ取ることができた。


「それに…こんなものでなくても、言ってくだされば、私の裸体を白斗さんに送って差し上げますのに…あ、でもその時は私も白斗さんの…いえいえ、そんなの直視したら幸せすぎて昇天してしまいますわね…でも…」


 ぶつぶつと何かを呟いている。


「白斗さんの裸…白斗さんが私の婚約者になったらいずれはそういうものを間近で見ることにな─────」


 美弦はグラデーションを一気に飛ばして顔を真っ赤にしたと思ったら俺のベッドの枕に顔を埋めた。


「美弦…?」


「そっとしておいてくださいまし!」


「は、はぁ…?」


 俺は美弦が落ち着くのを待つことにした。

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