第5話 女性用下着

「先日のからおけという場所はものすごく良かったですわね!是非私の家の敷地内にも設立したいと検討中ですわ」


「そうか…?結局一回も歌えなかっただろ?」


「白斗さんのお声が部屋中に響くだけで満足でしたわ!」


 満足どころか気を失ってたな。

 …ん、敷地内に設立?


「敷地内に作りたいって、そんなに家は広いのか?」


「いえ、海外のビルなどに比べたら全然ですわ」


 比べる対象がどう考えたっておかしい。

 因みに今は美弦に世間を知ってもらおう作戦パート2を実行中であり、とある場所に向かっている。


「今日はどこに行きますの?」


「もう少しで着く」


 俺と美弦はショッピングモールの中に入った。


「白斗さん、流石に私でもショッピングモールは知ってますわよ?…もしかしてっ!私の服を選んでくださるのですかっ!?」


「違う」


「…選んで、くださらないのですか?」


 声を震わし、上目遣いと涙目でそう問いてくる。

 無論こんなものに勝てるわけがない。


「今度な」


 俺がそう言うと美弦の顔に光が差した。


「では、本日はどちらに─────!?」


「あぁ、ここの3階にあるゲームセン─────」


「ダメですわ!」


「え?」


 美弦は突如俺の目を塞いだ。

 そのせいで俺の視界は暗闇に包まれる。


「美弦?何してるんだ…?歩けないだろ?」


「ダ、ダメですわよ!絶対目を開けては!」


「急にどうしたんだ…」


 いきなりの豹変に俺は驚きを隠せない。

 リムジンの中で突然ガラスを割った時とはまた違う豹変の仕方だ。


「じゃあ目を開けないからとにかく手を離してくれ」


「ダメですわ!万が一目が開いてしまったら─────」


「背中に…わかるだろ!」


 いくら幼馴染とは言っても思春期の男子高校生、そのぐらいは意識してしまう。

 本当にいつの間にこんなになっていたんだ。


「背中…?に、なんですの?」


 なんでわかってないんだ、いくらなんでも鈍感すぎる。


「あぁ!いいから、手を離して腕を降ろしてくれ、よくわからないが一応目は瞑っておくから」


「わ、わかりましたわ…?」


 わかりましたと言ってはいるがおそらくわかっていないんだろうな。

 だが感覚的に何かを掴み取ってくれたらしい。


「それで、なんで俺は目を開けたらダメなんだ?」


「それは、その…」


 美弦は言いにくそうにしているが、小声で言う。


「め、目の前に、女性ものの下着屋さんがあって…」


「あぁ、なんだそんなことか」


 てっきりもっと重大な何かがあるのかと思ったが、確かに普段ショッピングモールに来ないであろう美弦からすると異様な光景かもしれないな。

 だが俺としてはたまに立ち寄ることもあるためそういう店から視線を外すスキルは自然に身につけられている。


「そ、そんなこと…!?」


 美弦は驚いている。


「そんなこと…そんなこととはどういうことですの!?」


 1度で2度驚いている。


「どういうことって…何がだ?」


「も、もしかして、わ、私の預かり知らないところで女性と下着を買いに来ていたんですの!?だからそんなこと、なんて言えるんですわね!?」


「待て、何を言ってるのか意味がよくわからない」


 女性と下着を買いに…?何の話だ。


「…誰と来ましたの」


 さっきまで叫んでいた美弦はすんっと静まり返り、耳元で囁くようにそう聞かれた。

 テンションの移り変わりに幼馴染である俺でも付いていけるか難しいところだが、なんとか食らいつく。


「誰とも下着なんて買いに来てない」


「でしたらどうして下着が目の前にあると告げてもそんなに平静なんですの?」


「あのな、ショッピングモールを通ってたら下着が飾られてるなんてのは常識で、俺はできるだけそう言うのは見ないようにしてるんだ」


「そ、そんな…私以外の下着をもう見てしまったと言うんですの!?」


「私以外のって…売られてるものだからまだ誰のものでもないものを見る意図は無くても視界には映るんだ」


「…ますわ」


「え?」


「全国の女性用下着店を潰しますわ!」


「は!?」


 何を言い出してるんだ。

 ゲームセンターで普通を教えるつもりがそれどころじゃ無くなってきた。

 普通なら「おいおい、何言ってるんだよ」と笑いながら言うところだろうが生憎美弦にはそれを実行できるだけのがあるため笑い事では済まない。


「なんでそうなるんだ!」


「こんなものは白斗さんの目に毒ですわ!」


「べ、別に毒じゃない!」


「…そうですか」


 思ったよりも早く理解してくれたようだ。


「毒でないと言うのなら、なんですか?もしかしてとは思いますがこの下着を眼福していたとでも言うおつもりですか?」


 全く理解されていなかったようだ。


「違う、本当に下着なんて気にしてないんだ」


「確かに私は世間知らずですが、殿方の嗜好は少しだけ知っていますの、そんな言葉では騙されないですわ…私だってまだ下着姿など見られたことないですのに…」


 さっき俺の背中に当てるもの当てといて何も気づいてなかった鈍感のくせになんで今だけ…!

 仕方ない、こうなったら幼馴染の特権を発動しよう。


「本当に気にしてないんだ、それに俺たちは今まで何度か一緒にお風呂に入ってるだろ?下着ぐらい気にしないでくれ」


 強がりの言葉。

 下着ぐらい、なんて思えるわけがないがそう言わないと場が収集しなさそうだ。


「っ…!そ、そうですわねっ!…でもここ最近は一緒に入っていただけていませんわ」


「それは、まぁ…もう高校生だしな」


「…私だってこの歳で一緒にお風呂に入ると言うことの重みはわかっているつもりですわ」


 そこはどうやら本当にわかってくれているようだ。


「ですので!今度私の下着姿を見て感想を聞かせて欲しいんですの!」


「なんでそうなる!」


 俺と美弦は言い合いながらゲームセンターに足を進めた。

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