第3話 裏面

「はぁはぁ…」


 危なかった…後少しで本当に遅刻していた。


「そんなに急がなくてもよろしいですのに、白斗さんが疲れてしまいますわ」


「遅刻になったら生活態度に響くかもしれないだろ?」


「白斗さんにマイナスを付けるような人消して差し上げるので何も気にしなくて大丈夫ですわよ!」


 今のは聞かなかったことにしよう。

 俺と美弦は去年違うクラスになってしまったが、今年からは同じクラスでもうすでに1週間ほどクラスメイトとして同じ教室で過ごしている。


「今年はたまたま一緒のクラスになれてよかったな」


 クラスは3クラスほどだが2人が同じクラスになるというのは運が良くないとならないことだ。


「そう、ですわね〜、、ですわよ〜?」


 …今のも聞かなかったことにしよう。

 美弦と同じクラスで、クラスメイトとして過ごした1週間過ごした所感としては…美弦は男子の中では神格化され、女子の中では羨望の眼差しを向けられている。

 去年がどうだったかは知らないが少なくとも今年のクラスはそんな感じのイメージだ。

 そのため俺は事を慎重に運ぼうとする。


「美弦、別々に教室に入ろう」


「え、なんでですの?」


 俺は落ち着いた口調で説明する。


「俺と一緒に入ったら変な噂をされるかもしれない」


「変な噂…?」


「例えば俺たちが付き合ってるとか」


「付き合っ…!」


 どうやらその重みをわかってくれたらしい。

 俺と美弦が付き合っているなんて噂されたらどう考えても美弦に迷惑がかかることになる。

 俺は改めてそれを説明する


「そうだ、だから別々に─────」


「別に構いませんわよ?」


「…え?」


「むしろそうなってくれた方が私としては嬉しいですわ」


「まだ婚約するとも決まってないのにそれは良くないだろ?」


「白斗さんがそう言うと思い私としては、と枕詞につけましたの」


 美弦はまるで俺のことならなんでもわかっているとでも言いたげな物言いだ。

 少し腑に落ちないが実際に当てられてしまっているのだから何も言うことはない。


「なるほど…」


「でも、確かに白斗さんの言う通り、私と白斗さんの関係性は簡単に扱いたくありませんし、まだ何もアクシデントは起こさないように致しましょうか」


「あぁ」


 良かった…これで何事も今まで通り普通に通える。

 教室に入り、授業を終えた俺はトイレに向かった。

 その道中。


「あのっ…!」


「…え、何?」


 見たところ下級生のようだ。

 不安そうな声とは異なる見た目だ、金髪でしかも目の色も黄色がかっていてピアスなんかも空いている。

 だが俺と見識はないためおそらく迷子になったという所だろうか。

 確かに1年生、入学したての時は俺も迷ったものだ。


「こ、これ…受け取って…!」


「え、なんでだ…?」


「い、いいから!受け取ってってば、です!」


 女子生徒は一方的に俺に封筒を手渡すと、足早にこの場を去った。


「なんだ…?」


 迷子になって道を聞いてくるのかと思えば封筒…?

 そういえばあの子、後ろに表紙がピンク色の本を持っていたな。

 もしかして俺のことを図書委員と勘違いして何か渡したのか…?


「困ったな…」


 こんな封筒を渡される覚えはないため、確実に俺宛ではない。

 多分俺の予想だとこの中には本貸出延長関連の紙が入っていると思われる。

 どこからどう見たら俺が図書委員に見えるのかは非常に謎だが、今年入ったばかりの一年生、後輩の間違いを正すのがあるべき先輩としての形なのではないだろうか。


「…仕方ない、図書室まで行くか」


 俺が図書委員の人にこの封筒を渡そうと思い、図書室に向かおうとしたところで、美弦と出会った。


「白斗さん、てっきりお手洗いに行ったんだと思っていましたわ」


「あぁ、俺もそのつもりだったんだが、道中で封筒を渡されて」


「封筒ですの…?」


 その封筒はいかにも女子が好きそうな薄ピンク色の封筒だった。


「…お手洗いに行けていないのなら、私がその封筒を代わりに図書室まで持っていって差し上げましょうか?」


「本当か?助かる」


 俺は美弦に感謝を示しその封筒を美弦に手渡し、トイレに向かった。


「…この間は私のことを危ない男たちから助けてくれてありがとうございました、良ければお礼がしたいです…に電話番号、ですわね」


 美弦はその封筒と手紙を文字が見えなくなるまで破いた。


「全く…高校に上がってからも、白斗さんの鈍感ぶりは治りませんでしたわね」


 美弦としてはそれがありがたい反面もあったが、自分のアプローチにも気づいてもらえていなかったため現在胸の内で複雑な感情を渦巻かせている。


「念の為しておいて正解でしたわ…私がこうして処理していなかったら、今頃どうなっていたことか」


 美弦は自分が悪いことをしているとは全く思っておらず、自分こそが空薙と一緒に居続けるのに相応しいと息をするのと同然に思っている。


「白斗さんのことを待ちましょうか」


 美弦は何事もなかったかのように、白斗のことを待った。

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