ナマクラ

 こうしてちゃんと鞘に収まった新しい剣を手に入れた藍繪らんかい正真しょうまだったが、勘のいい人間なら察するところがあっただろう。

『怪しくないか?』

 と。

 その懸念はまさにその通りだった。藍繪正真が銀貨二枚及びそれまで持っていた剣と交換で手に入れたその剣は、顔が映るくらい綺麗に研がれてはいたものの、実はそれだけだった。安物の模造刀に刃を付けただけという感じの、実際の戦闘ではおよそ役に立たないナマクラである。実は先に持っていた剣の方が、たとえ切っ先がボロボロになっていても、研ぎ直して手入れさえすればよっぽど値打ちのあるものだったのだ。

 ちなみに値段も吹っ掛けられていて、新しい剣は実際には銅貨五十枚程度の価値しかない。まあ、ざっと五千円程度といったところか。

 その上で武器屋としては交換した剣を手入れしてそれをまた銀貨二枚で売る算段だった。

 丸儲けである。

 藍繪正真がいた前の世界でもなるほどこの種の悪徳商法はあった。日常で目にするものと言えばまあ、当たりクジが入っていない夜店の福引や、当たっても的が倒れないように細工された射的とかだろうか。さらに高額な商品で詐欺的商売をしているところもあるだろうが、そこまでいくとさすがに日常的に関わることもあまりないだろうと思われる。

 それでも、名のある上場企業でさえ、詐欺的な商売を行い、商品を売り、是正勧告を受けたり、炎上という形で騒動になったりもしていたのだから、こちらの世界ではそれこそ、

『推して知るべし』

 という感じではある。

 そして今回、まんまと藍繪正真を欺いて利益を得た武器商人、アブルの場合は、<家族を養うため>という名目もある。

 アブルの妻サレスは生まれつき体が弱く、人並みには働けなかった。家のことをするのも一苦労で、半人前以下だっただろう。それでも幼馴染だったアブルは彼女と結婚して二子を設け、人並みの暮らしをさせてやろうとしていた。

 だからといって詐欺的商売をしていい訳ではないだろうが、昔からこの手の商売をしている連中は口を揃えて言うのだ。

『騙される方が悪い』

 と。だからアブルもそれに倣っただけに過ぎなかった。それが<常識>なのだから。

 愚鈍な世間知らずからまんまと銀貨二枚をせしめたアブルは上機嫌で店の奥の住居へと顔を出し、

「今日は大儲けだぞ! 久しぶりに精の付く物を食おう! それで元気になってくれ…!」

 とサレスに言った。いかにも不健康そうな頬のこけた貧相な女であるサレスも、

「まあ…!」

 顔をほころばせ、幼い子供らに、

「今日は美味しいものが食べられるよ」

 優しい母親の顔を向けた。夫のやってる仕事が詐欺的な商売であっても常識の範囲内である以上、サレスにも悪気などさらさらない。ただ喜んでいるだけだ。

「やったあ♡」

 数えで五歳になる娘のサニルと三歳の息子のアグルも満面の笑みで子供らしくはしゃいでいた。

 紛れもない<庶民の暮らし>がそこにはあった。


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