ひでぇ顔だな

 翌朝、せっかくベッドに横になったのにシラミに噛まれて痒くてほとんど寝られないまま、藍繪らんかい正真しょうまは次の朝を迎えていた。

「ひでぇ顔だな。寝られなかったのか?」

 ガラスの入っていない窓を開けて日の光を取り込んだ部屋の中で、デインは藍繪正真の顔を見てにやけた顔で言う。

 確かに昨日とはまるで別人のようにやつれた男の姿がそこにあった。

「煩い……」

 言い返すものの、それすら力がない。

 もっとも、そういうことを言っているデイン自身、できの悪い農耕馬を無理矢理に人間にしたようなむさくるしいオッサン顔なので、他人のことを言えた義理じゃないだろうが。

 口ぶりからすると若そうではあるものの、見た目の印象で言えば四十を過ぎていても驚かないだろう。

 そんなむさくるしい男二人の部屋を、

「朝食だよ」

 と、寝不足なのか気怠い感じのライネが訪れて、昨夜と同じ野菜の煮物を大皿に入れて持ってきた。再度言うが、メニューはこれしかないのだ。

『マジかよ……』

 それを見た瞬間、藍繪正真はげんなりとした。さすがにホテルのメニューをとまでは言わないにしても、せめて昨夜とは別のものをと思わずにはいられない。

 が、<リアルな中世ヨーロッパ風の世界>を描写すれば、金もないコネもない者の食事など、まあせいぜいこんなものだろうと言えるかもしれない。

 それに、デインは割り切っているので、

「おう。ありがとうな」

 と礼を言って当たり前のように受け取った。しかも、

「昨夜は張り切ったのか?」

 気怠そうなライネの様子に、デインがニヤニヤと笑いながら問い掛ける。上品なホテルなどでなら完全に従業員に対するセクハラ行為だが、当のライネはデインに負けないほどに淫猥な笑みを浮かべて、

「旦那が絶倫でね」

 などと返した。

「そいつぁ仲がよろしくて結構だ」

 デインもいやらしく笑いながら頷く。

 しかし藍繪正真はそのやり取りに対しても不快そうに顔を歪めただけだった。『汚らわしい』とさえ感じていた。

 もっとも、二人はそんな様子にまるで気付く様子もなかったが。

 藍繪正真にとっては苦痛なだけの朝食を終え、デインはさっさと身支度を始めた。

「ま、俺はこれからまた他の領主様のところに行って兵士として雇ってもらうつもりだからよ。あんたは旅を続けるんなら好きにしな」

 そう言って先に宿を出て行く。二人分の代金を払って。

 しかも、

「あんた手持ちもないんだろ? 俺もあんまり余裕はねえけどよ。これでしばらくは食い繋げると思うぜ」

 と袋に入った金を置いていってくれた。まるで、ゲームのチュートリアルが終わった段階で渡される<資金>のように。

 それでも、

「くそっ……どうすりゃいいんだよ……」

 まったくあてもない状態で一人残された藍繪正真は、忌々し気に呟くしかできなかったのだった。


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