シラミと共に

『いくら死んでも勝手に生まれてくる分、家畜よりもレア度は低い』

 ゆえに当然、人を殺すことに対するハードルも低い。殺人に対する刑罰は基本的に死刑ではあるものの、捜査能力が低いので、怨恨などではない行きずりの殺人であれば検挙率はそれこそ、

『捕まった奴は運が悪い』

 レベルだった。ましてや娼婦などが殺されたところでまともに捜査もしないから、娼婦殺しで捕まるのはよっぽどの間抜けだそうである。

 宿屋に呼んだ娼婦が殺されたとしても、宿屋はあくまで場所を提供しただけなので、実際に殺されてしまえばあとは生き延びた加害者の方に目を付けられる恨まれるのを避けるため、適当な証言しかしないことも多い。そういう社会だった。

 なのでせっかくの殺人のチャンスであったのに、藍繪らんかい正真しょうまは、自らそれを逃してしまったのだと言える。

 無知ゆえに。

 そうしてその後は、ただ無為に時間が過ぎていくだけだった。

 デインは自身の剣の手入れを熱心にしているものの、そのやり方を知らない藍繪正真は手に入れた剣に対しても何もしなかった。もっとも、杖代わりに使っていたことで切っ先はもうボロボロで、

 <ちょっと鋭い鉄の棒>

 状態のガラクタではあったが。

 加えて、今日会ったばかりの胡散臭い男にそのやり方をご教示願う気にもなれなかった。

 テレビもない。パソコンもない。スマホもない。CDもDVDも音楽プレイヤーもない。それこそ夜の娯楽となれば酒場に行くか金で女を買うかくらいしかないのがこの世界だった。

 その上、まだ日が暮れてそれほど時間は経っていないものの、油を満たした皿に細い布を浸してその先に火を点けたランプの灯りは藍繪正真には暗すぎて起きて何かをする気にもなれなかったので、とにかくベッドに横になった。

 すると今度は体のあちこちが痒くなってくる。

『蚊でもいるのか…!?』

 と思って体をよじると、ランプの灯りに辛うじて照らし出された毛布らしき布の上ですごく小さな何かが動くのが見えた。

『虫……!?』

 それは、シラミだった。きちんと洗濯されていない毛布に、前の客の体から移ったシラミがついていたのだろう。シラミはノミと違って少しの間でも動物の体から離れていると飢えて死んでしまうため、急いで新しい宿主の体に移ろうと必死になっていたようだ。

「くそっ!! ふざけんな!!」

 思わず怒鳴って飛び起きた藍繪正真に、

「なんだ? どうした?」

 剣の手入れをしていたデインが問い掛ける。

「虫だ! 虫がいんだよ!!」

 忌々し気に吐き捨てた彼の様子に、デインは呆れたように言ったのだった。

「シラミか? ノミか? それぐらいでなにを騒いでるんだ」


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