刑務所の方がまだ快適

 藍繪らんかい正真しょうまは思う。

『刑務所の方がまだ快適なんじゃねーのか?』

 と。

『日本の底辺の方がこれよりはマシな生活してるぜ……!』

 それでも他にメニューもなく仕方ないのでとにかく口に放り込んで腹だけは満たす。

 すると、ちょうど食事を終えたところで、

「どうだいお客さん。食べ終わったかい。済んだんなら皿を下げたいんだけどね」

 などと声を掛けながら、妙な艶めかしさのある、年齢不詳でスレた感じの女が部屋のドアを開けて入ってきた。宿屋の女将<ライネ>だった。

「おう、今終わったところだ」

 デインが応えると、ライネはニタっと粘りつくような笑みを浮かべつつ、

「もし腹ごなしにお楽しみを希望なら女の子も呼べるけど、どうする?」

 などと訊いてきた。そう。つまり<そっち系のサービス>も提供している宿屋なのだ。と言うよりも、そういうサービスを提供していない宿屋を探す方が手間なほどには、この世界の宿屋では一般的なサービスということでもあるが。

 しかしデインは、

「あ~、悪ぃ、俺は今日はそういう気分じゃないんだわ」

 と肩を竦めつつ首を振った。するとライネは今度は藍繪正真の方を見て、

「そっちのお兄さんはどうだい?」

 やはり意味ありげな淫猥な笑み浮かべながら訊く。

 が、藍繪正真にしてみれば、興味はないこともないものの、

『……こんなところで来るような女なんて、年齢も見た目もアレで、しかも病気とかも持ってそうだよな……』

 というのが頭をよぎってしまい、

「いや、いい……」

 と断ってしまった。

「やれやれ、そうかい。まだ若いのに淡白だねえ。そんなんじゃモテないよ」

 ライネは残念そうにそう言った。

「ほっとけ! 大きなお世話だ!」

 デインも慣れた感じで軽口で返す。ごく普通の会話だというのが分かる。

 宿屋としては、つまるところこの町で仕事をしている娼婦と話をつけて、宿で安全に<仕事>させる代わりにいくらか分け前をもらってる感じだろう。娼婦の側にとっても、<立ちんぼ>という形で客と直接というのにはリスクもあるが、仮にも宿屋なら宿の人間が客の顔も見ていて、かつ、代金の支払いで揉めた時には肩も持ってくれるという形だった。ここでの生活というものの一端が見えるだろうか。

 そうだ。異世界といえどそこには人間が生きているのだ。そして人間である以上は、前の世界と何か極端な違いがある訳でもない。メシを食って糞して寝て働いて子作りに励んでいるだけだ。

 ただ、ここでは人の命の値段は安い。

『いくら死んでも勝手に生まれてくる分、家畜よりもレア度は低い』

 という感じだろうか。


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