トルカの町

『よく寝てたな』

 デインはそう言うものの、藍繪らんかい正真しょうまが目を覚ますまでは十分足らずの時間しか経っていなかった。なのに、一目見ただけでも疲労困憊というのが察せられるほどにげっそりとした表情だったものが完全に回復している。

 だが藍繪正真自身はただ疲れが抜けていたことで、

『まあいいか……』

 と思っただけだった。デインも気にしてる様子もない。どうでもいいのだろう。

 ただし、それからまた町に着くまでには約二時間を要した。途中、二度ばかり意識を失い、その度に疲労を回復させて。


「トルカの町だ」

 そう言われてやはりげっそりとした顔つきになっていた藍繪正真は頭を上げるが、その視線の先にあったものは、現代日本人の感覚であれば<町>とは名ばかりの、せいぜい<村>と呼ぶのがいいところであろう貧相な集落だった。

 まばらに建つ建物も決して立派とは言えず、いわゆるバラックに毛が生えた程度といった感じだろうか。

『これのどこが<町>だよ……』

 藍繪正真はそう思ったが、口には出さなかった。その一方で、ここまで来る間に、歩きながらいろいろ考えた。

『もしかして、俺、異世界転移されたのか……? 中学生くらいの女をろうとしたとこまでしか覚えてねえ……その後なんかあってここに転移させられたってか……? マジでそんなことあるんだ……?』

 などと。

 彼自身はそこまでアニメには詳しくないものの、聞きかじった程度の知識はあった。それでそんな風に考えたのだ。

 とは言え、それ以上のことは何も分からない。ここまでのところ、その手の<異世界物>では定番とされる<チート能力>などと呼ばれるものが身に付いている実感もなかった。だがこれについても、

『そりゃそうか……』

 と思っただけで、それ以上は考えない。ただ、『ありがたい』と感じる部分もあった。

『ここなら人間だって殺し放題ってことだよな……』

 ということだ。自分が現れた場所には、それこそ人間がゴミみたいに打ち捨てられていた。そしてそれについてこのデインという男は何とも思っていない様子。つまりここではあんな光景も当たり前のものでしかないということだ。

「へ……へへへ……」

『いくらでも人間を殺せる』と実感すると、藍繪正真は歪な笑顔を浮かべていた。

 もっとも、彼は思い違いをしている。『いくらでも人間を殺せる』ということは、当然、自分以外の人間が自分を殺すことについても躊躇しないということだ。自分だけが一方的に殺せるわけじゃないということについては、頭から抜け落ちてしまっているのだった。


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