最も嫌悪すべき相手

 藍繪らんかい正真しょうまと名乗ったその男を、<クレラ村のデイン>は町まで案内することにした。

「俺の村はほんっとシケた村でよ。ロクな女もいねえ。イノシシみてえなのとか、かと思うと痩せ犬みたいな貧相な女ばっかりでなあ。そんなのを女房にして一生畑仕事で終わるとか、たまんねえよ。

 で、戦で手柄を立てて一発当てようと思ったんだ。そうすりゃ金も女も思いのままだ。こう、胸のでけえ、腰のキュッと締まった垢抜けたやつじゃねえと<女>じゃねえよな。村にいるようなのは、あれぁ牛や馬と同じだ。女とは言えねえ」

 <クレラ村のデイン>は、聞かれもしないのに、ただ黙ってついてくる藍繪正真に対して一方的にべらべらとしゃべった。見ず知らずの相手をわざわざ町まで案内してやろうなどと<気のいい陽気な男>を思わせる振る舞いをしつつ、実は相手のことなど本当は何も考えていない身勝手な人間だというのがその振る舞いからも見て取れる。

 そんなデインの話を、藍繪正真は右から左へと聞き流した。彼にしてみればこういうタイプは最も嫌悪すべき相手だった。親切ぶりながら実際には、

『親切を行える自分が好き』

 という輩をだ。彼自身は身の上を積極的に語ることはしなかったが、児童養護施設の出身者であることが知られると、

『大変だったんだね』

 などと同情的なことを口にしながら、

 <可哀想な相手を下に見る態度>

 を隠そうともせず親切を押し売りし、思ったような反応を返さなかった時には、

『やっぱり施設出身者ってのは躾ができてないんだな』

 的に陰口を叩く。

 そういう人間を、吐き気がするほど嫌っていた。

 しかも、デインは自身が生まれ育った村の女達を『牛や馬と同じ』と口にするが、そのデイン自身が、できの悪い農耕馬をそのまま人間の姿にしたかのような容姿をしていた。

 典型的な、

『自分を棚に上げている』

 タイプでもあっただろう。

 だから藍繪正真には、デインが口にするようなことは何一つ興味を持つことができなかった。憮然とした表情で剣を杖にしてついてくる。

 が、遅い。とにかく遅い。藍繪正真の歩みがだ。デインはそれこそ幼い頃から畑仕事を手伝わされたような生粋の<肉体労働者>だったようだが、藍繪正真は違う。肉体労働もしてきたものの、あくまで一時的なものだった。ゆえに、二時間ばかり歩いた程度で膝が笑っている。

「疲れたか? まあ、一休みするか」

 情けない彼の有様に、デインは立ち止まった。

「……」

 すると藍繪正真は崩れるようにその場に座り込んだ。

 と同時に、デインが彼の背後に立ち、次の瞬間、彼の意識は途切れた。

 それから時間にして十分足らず。倒れ伏した藍繪正真の意識が戻り、

「…あ…? 俺、寝てたのか……?」

 とか呟きながら体を起こす。

「よく寝てたな。こんなところでもそれだけ寝られれば大したもんだ」

 デインが呆れたように口にしたのだった。


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