人殺しの道具

「なんだ…これ……?」

 何本もの槍で体を貫かれて死んだはずにも拘わらず意識を取り戻した藍繪らんかい正真しょうまは、体を起こして周囲を見て呆然としていた。彼がさっきまでいた筈のコンクリートとアスファルトに覆われた街の風景はどこにもなく、土と石くれだけの荒野に無数の人間の死体が転がっているという異様な光景に、呆然とするしかできなかった。

「さっきのは…?」

 そう言えばさっき何かされたような気もするが、別にどこも痛くない。が、着ていたTシャツは血まみれの上にボロボロになっている。

「くそ…っ! 何だってんだよ……!」

 持っていたはずの包丁を探したものの見当たらない。背負っていたバックパックもだ。と言うのも、包丁は弾かれて転がっただけなものの、バックパックの方は彼を殺したはずの兵士の一人が持ち去ったのである。<戦利品>として。

 そして藍繪正真は、死体が手にしていた剣に気付き、

「…こっちの方が良さそうだ…」

 とそれを手に取った。だが……

『重っ!?』

 持ち上げようとして、自身の感覚との差にギョッとなる。精々包丁よりも少し重いくらいだろうと想像していたのが、まるで違ってたからだ。

 本物の剣に実際に触れたことなどなかったがゆえの錯誤だった。

 けれど、本来はそれが当然である。この種の<剣>は、何度も何度も人間の体に叩きつけても簡単には折れない程度の鉄の棒と同じなのだから。

「……」

 改めて力を入れ直して拾い上げた藍繪正真は、しっかりと両手で支えて改めてその重さを実感すると、ゾクゾクとした何かが自分の中を奔り抜けるのを感じる。

 間違いなく人間の命を奪うことだけを目的に作られた<人殺しの道具>の力感が、圧倒的な迫力で伝わってくるのだ。

 それがまるで霞が掛かっていたかのような彼の意識を鮮明にしていく。

 同時に、

「へ…へへ……」

 ほとんど無意識のうちに唇の端が吊り上がり、笑みを形作っていた。狂気をはらんだ邪悪な笑みだった。

 しかし、ようやく混乱していた頭がはっきりしてくると今度は何とも言えない臭いが立ち込めていることに気付き、思わず手で鼻を覆う。

「……っ! ぶ……! えお…っ!」

 直後、反射的に胃が収縮し、嘔吐する。彼の中に辛うじて残っていた<人間性>が、濃密な死の臭気に拒否反応を示したのだろうか。

「マジでわけわかんねえ……」

 胃の中のものを一通り吐き出し何とか治まると、ペッと口の中に残った吐瀉物を唾棄し、そう呟きながら、藍繪正真は歩き出す。

 どこに行く当てもないにせよ、取り敢えずここがどこなのか、何が起こったのかを知るために。


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