出現
「……え…?」
<人間を殺すために使いやすいように改造を施した包丁>
を高々と掲げたまま、茫然と立ち尽くした。
自分がその包丁を振り下ろそうとした<若い女>の姿はどこにもなく、代わりに、酷く汚らしい格好で荒んだ目をした男達に囲まれていたのだ。しかも、清潔でオシャレな装いを施された店が並んでいた通りの光景もやはりどこにもなく、見渡す限り鈍色の陰鬱な景色が広がっていた。
そしてそこに、無数の人間が転がってもいる。
起きて蠢いている人間も、なにやら恐ろしく殺伐とした気配をまとってぶつかり合っているようだ。
そういう者達の前に、藍繪正真は立っていたのだ。
すると、<酷く汚らしい格好で荒んだ目をした男達>は、手にしていた棒のようなものを躊躇なく藍繪正真目掛けて突き付けていた。
「……熱っ!?」
瞬間、彼は自身の体に焼けた鉄の棒でも押し付けられたかのように感じ、思わず声を上げた。だがそれは、<焼けた鉄の棒>などではなかった。どす黒く汚れた穂先を持った<槍>だった。それが何本も、藍繪正真の体を刺し貫いていたのである。
「なにしやがる……っ!」
彼はそう口にしたが、口にしつつ手にした包丁を振り下ろそうとしたが、その切っ先はどこにも届かなかった。ばつん!と弾かれて、宙を舞う。
取り囲んでいた男達の一人が、手にした槍で叩き落としたのだ。恐ろしく手慣れた様子だった。
ようやく生まれて初めて人一人を殺そうとしていた藍繪正真とは、まるで動きが違った。
当然だ。そこは<戦場>で、男達は今まさに<殺し合い>の真っ最中で、そしてこれまでにも両手の指じゃ足りないほどの人間を殺してきた者達だったのだから。
そう、藍繪正真は、突然、戦場の真っただ中に放り出されたのである。
突然現れた、小さなナイフを手にしただけの痩せっぽちに驚いた男達だったが、しかしそれも一瞬で、こんな戦場の真ん中に
『味方じゃなければ敵だ』
『味方だったとしても味方だと分かる格好をしていないなら殺されても当然だ』
男達にはそれが当たり前だった。ならば殺すことに何のためらいもない。殺さなければ殺されるのだから、それを躊躇するような間抜けは今まで生き残ってなどいない。
『あ……? 死ぬ……? 死ぬのか、俺は……?』
自分の体を何本もの刃物が貫いていることにようやく気付いた藍繪正真は、痛みよりも<焼け付く熱さ>を感じながら、そう察したのだった。
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