邂逅

籠の鳥と復讐鬼

 市内の公立中学校に通う、見た目も振る舞いも<典型的な今時の女子中学生>という碧空寺へきくうじ由紀嘉ゆきかは、<籠の鳥>だった。

 父親の愛人の子として生まれ、しかも本妻との間には子ができなかったことから、愛人に対して多額の手切れ金を支払う代わりに娘だけを引き取り、本妻が生んだ子として出生届けを出されたのだが、まあ、そんなことをされて喜ぶ本妻もそうはいないだろう。

 そうなると当然のように碧空寺由紀嘉は、戸籍上は実母となった本妻に蔑ろにされた。

「気持ち悪い。ああ気持ち悪い……! なんであなたみたいのが私の娘なの!?」

 挨拶代わりにそのように罵られる。しかも、

「なに? その目は? あなたみたいのを家においてやってるだけでも感謝してもらわなきゃいけないんだけど? あの人に泣きついても無駄だからね? あの人もあなたのことなんてただの世間体のための道具なんだから……!」

 などと言われて、父親を頼ることさえ封じられていた。

 ゆえに、そんな家庭での憂さを晴らそうとしてか、同級生をイジメていたのだ。

 きっかけは本当に些細なものだった。ちょっとした感情のすれ違いでしかなく、

『本気で恨んでいる』

 とか、

『憎んでいる』

 などというようなものではなかった。それこそ自分が母親からされていることの真似。単なる<ストレス発散><ストレス転嫁>でしかない。

 彼女にとってはその程度の他愛ないものであった。ゆえに当時は、罪悪感さえ微塵もなかった。


 そんな碧空寺由紀嘉は、現在、家を出て、別の同級生の家に間借りして住んでいる。その同級生は、彼女にとっては<救い>だった。ここまで生きてきてようやく出逢えた<希望>だった。

「~♪」

 そして今日は、久しぶりの外出ということで浮かれていた。

 実家では、<ペット><籠の鳥>でしかなかった彼女は、父親の目の届かないところでこそ<人間>であることができたからだ。

「ショッピングに行ってきます」

 家主である同級生に対して笑顔でそう告げた碧空寺由紀嘉は、確かに人間らしい表情を見せていた。

 その姿は、形だけの親の下で暮らしていた頃に比べれば、まったく別人だっただろう。

 そう、彼女は、自らが人間であることを改めて理解できる<出逢い>を得たのだ。それによりようやく人間として育ち始めていた。


 だが、皮肉なことに、<野良犬>と<籠の鳥>は、およそ最悪な形で出会うこととなった。

 人間として成長を始めていた彼女に対して、藍繪正真は、三十歳を目前に控えた今なお野良犬のままだった。人間になることができていなかった。彼女に訪れたような出逢いが、彼にはここまで訪れていなかった。

 無論、だからといって本当に<犬>というわけではない。人間から生まれるのはどこまでいっても人間だ。けれど、

 <他者を人間として認め敬うことができる感性>

 というものは、それをきちんと手本として示してもらわなければ身に付くことはない。そして自らを人間として扱ってもらえてこなかった藍繪正真には、その感性が致命的に欠落していた。

「……」

 何をやっても上手くいかず、自分を認めようとしない人間の社会というものに対して愛想が尽きていた彼は、すべてを終わらせる決心をしていた。そのための準備をしていた。何本もの包丁を買い込み、手が滑ったりしないように滑り止めを柄に巻いて、それらが尽きるまで目につく限りの人間を殺して殺して殺し尽くそうと決意して、そこに佇んでいたのだった。

 自分をこんな世界に送り出しておきながら受け入れなかった者達への復讐が、今まさに始まろうとしていた。


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