第8話 いのこり

「うぐっ……」


 うめき声を漏らしながら英語の課題に舞は取り組んでいた。あまりにも英語の小テストの出来が悪いので、課題をこなすようにと言われてしまったのだ。

 ひとりぼっちの教室には、夕焼けが窓から差している。じっと肌を焼くような赤い日差し。

 明日香は学校があまり好きではないので、さっさと帰ってしまった。


「あ~~~」


 机の上に突っ伏してただ時間が過ぎるのを待つ。さっさと課題を終わらせて帰路につけばいいのに、だらだらと時間を引き延ばしてしまう。明日香とおそろいのシャープペンシルで、ノートに落書きをする。

 ぐったりした犬のキャラクターを描く。グゥッと鳴いている吹き出しをつけた。なかなかかわいい仕上がりになったと満足する。


「なにそのキャラクター? かわいいじゃん」


 背後で聞きなれない声がした。慌てて、顔を起こしてふりかえる。


「ま、まどかちゃん」


 カラコンの入った瞳がじぃっと舞のかいたキャラクターを凝視している。赤色のマニキュアが丁寧に塗られた爪が舞をぎょっとさせた。


「ねぇねぇ、そのキャラクターは舞さんがつくったの? それとも、お店の?」


 人懐っこい声音でまどかが舞に問いかける。舞は挙動不審になりながら、小さな声で「わ、私が適当に描いただけで、そういう名前のある、キャラクターじゃないよ」とまくしたてた。


「そうなんだぁ~?」


 と軽く流すまどかに舞はたじたじだ。さっきまでのんびりとサボっていたのに、はやく帰りたい、さっさと課題を終わらせたいという気持ちでいっぱいだった。


「ね、舞さんはここで何してるの? 帰らないの?」


 ひゅっと喉の奥が詰まる。口をパクパクさせながら、「え、英語の、課題……」とつぶやく。すると、まどかは顔を輝かせた。


「あっ! 舞さん英語に苦手なんだ? かわいい~~。私が英語教えてあげよっか?」


 いうが早いかまどかは近くの席から椅子を引っ張り出してきて、どっしりと腰を下ろす。課題を見るために、明るい茶髪を耳にかけて頭を少し下げる。耳にはピアスの穴がいくつか空いていた。


「舞さん、ここ違うよ~。あ、ここも。そこも。あ、ここでまた同じ間違いしてる」


 一目見てまどかは次々と舞の間違いを指摘していく。未だにこの状況を理解できず、舞は挙動不審になりながら、曖昧な返事をすることしかできない。そんな舞を意に介さず、まどかは「終わらないよ~」と言いながら舞の間違っている箇所を訂正し、文法や語句を説明する。


 何とか頭を切り替えなければ、と必死の思いでまどかについていく。まどかは朗らかに笑いながら、やさしく舞に英語を教えてくれる。


「まどかちゃん、ありがとう」


 なんとか課題が終わるころには、舞もまどかに慣れ、少し打ち解けることができた。まどかは瞼をしばたたかせる。


「いいよ~。また、英語わかんなかったらきいてね~」


 にっこりと輝く笑顔でまどかはいった。思わずその笑顔に、ぼぅっとしてしまう。あまりにもまぶしく、見慣れないものなのでどうにも落ちつかない。


「う、うん」

「じゃあねー!」

「ば、ばいばい!」


 舞が呆気にとられているうちに、まどかはさっさと帰っていく。窓から入った風が、舞の課題のプリントをはらりと落とした。


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