第5話 ポッキーゲーム
「ポッキーゲームしよう!」
あっけらかんと言い放つ。ポッキーゲームがどんなものかを知らないような無邪気な声音だ。
明日香は頭が痛くなるような感覚に襲われながら、どうしたものかと思案する。
「ポッキーゲームがどんなものか知ってる? きっと、舞が思ってるようなものじゃないよ?」
「私にだってそれぐらいの知識はありますー!」
じゃあ見せてもらいましょうか、と舞に迫る。ほら、とポッキーを舞にさしだす。
目が泳いで固まっている舞の目の前でひらひらとポッキーを動かす。
必死に考えているんだろうなぁ、と視線だけではなく顔ごとポッキーを追いかけている様をみながらため息をつく。
ぽかーん、と空いている舞の口めがけてポッキーを突っ込んだ。
ポリポリと食べる。顔は驚きに満ちていて、状況を受け入れられないまま、食い意地という本能でポッキーを食べている。
目はこぼれ落ちそうなほど見開かれている舞はなんというか間抜けだ。
なされるがままにポリポリと食べている様子はさながらうさぎの餌付けのよう。
チョコレートでコーティングされた部分までかじられたそれを明日香は舞に「咥えてて」と命じる。
舞は素直だ。ただ、これにどういう意図が? と不思議そうに明日香を見ている。
「ポッキーゲームが何か教えてあげる」
舞に向かい合う。視線がかちあった。顔を近づける。顔を退けようとする舞の頬に両手を添え、固定する。柔らかい。
「ん、んー!!」
ポッキーを吐き出すことなく、何をするんだと舞は訴える。顔中に熱が集まって真っ赤になった。
「じっとしてて」
そういわれると、何もすることができなくなる。舞はあまりにも従順だ。
チョコレートのコーティングがない方の先端を口に咥えた。少し顔を傾けなければ、鼻がぶつかってしまう距離。ゴクンとお互いが唾を飲み込んだ。ゆっくりとポッキーをかじる。全てが近い。体も睫も息も視線も体温も。
食べている。ポッキーの味はしない。緊張していた。お互い無言で、視線だけが雄弁にものがたる。
少しずつ唇が近づいていた。耐えかねて舞が目をとじた。あと少しで触れそうだった。舞の唇にはポッキーの小さなかけらがついていた。
食べたい、と思った。あと少しの距離だ。触れたいと思った。一思いの距離だ。
ぱきんっ。
唇が触れた。それに気づいた瞬間、柔らかいと思った。暖かいとも感じた。
二人の間にポッキーはなくなった。唇が重なって体温が行き来する。熱が二人を支配する。動けなくなった。離れることも、別のことをすることもできなくなった。
ただ、じっとキスをしたまま何もできないでいる。どうしたらいいか明日香はわからなかった。勢いづいてこんなことをしてしまった。適当なことを言えばこんな目に遭うんだぞ、と思い知らせてやるつもりだった。しかし、舞があまりにも従順で驚くものだから楽しくなって歯止めが効かなくなった。それだけ、それだけだ。
「……」
目を閉じたままの舞をじっと見つめる。固まってブルブルと震えて、瞼は力いっぱいに閉じている。本当に小動物のようだ。なんなんだ、この女は。
力が抜ける。緊張も興奮もなくなった。
ゆっくりと唇を剥がす。十分な距離をとってため息をついた。
「い、いたい!」
固まったままの舞にデコピンをくらわせた。おでこをおさえてじとっと睨んでくる。そんな舞を尻目に机の上を片付ける。ゴミを捨てて残りは全て舞の鞄に放り込む。
「帰るよ」
今なお威嚇をしてくるので、せっかくしまいこんだポッキーを一袋だけ取り出して舞の機嫌をとった。本当に小動物の餌付けだった。
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