第25話 あんたが動かないなら私が動くわよ
「もえ、多摩子に会ったんだって?」
「会ったっていうか、あんたの奥さんが入院してたところにたまたま救急搬送されたけど。」
そう、談話室の横にある自動販売機にカルピス買いに行ったら、談話室から雑誌もって出てきた彼女に鉢合わせして、うっかり、
『ああ、阿須賀の奥さん。』
って呟いたら彼女がびっくりしたから、
『家が隣の高田です。』
って自己紹介しただけだよ。
んでもって、なんで会ったこともない彼女の顔がわかったかって、顔がわかったわけじゃなくて、もってた郵便物に
『竹中多摩子 様』
って書いてあったから、つまりその、会いたくて会ったというより、話しかけたくって話しかけたというより、その郵便物に書いてある宛名を見てぽろっと言っちゃったというのが正確なところ。
「すれ違っただけだから、話なんてあんまりしてないし。」
って、阿須賀、あんたの会社はいつからこんなに夏休みが長くなったの。私、なんだかんだで七日くらいいたから、世間はもう平常運転始まってるよ?わたしは大学生だからこんなにのんびりしてるんであって、私を駅まで見送ってる場合じゃないでしょ?
阿須賀が結婚してることに文句をつけてるわけでもない。奥さんの悪口を言ってるわけでもない。ただ、おとなしく退院しておとなしく大学のある街に帰るために駅に向かってるだけの人畜無害な私に、これ以上何を言いたいっていうの。百歩譲って阿須賀の思い通りにならないことがあったとしても、それに関して私はこれっぽっちも責任ないからね。私はまじめに、まっとうに生きてるだけだからね!!
「やっぱさ、俺おまえに嫌われるんだな。」
わからない。どうしてそんなこと言われなきゃなんないのか、まったくわからない。
「嫌ってないよ。」
むしろ、好きだよ。大好きだよ。だから、だからこその距離なんだけど、これ、膝つきあわせて徹底的に説明しないとだめなのかな。パワポとかでプレゼンしないとこいつには伝わんないのかな。
いや、察してくれなんてサラサラ思ってなかったよ。今までだって、ただ、ほっといてくれればそれでよかったわけだし。それでもってもっと言ったら、奥さんいなかったら仲良しだって全然よかったわけなのよ。ある意味、今、一番の問題点は、
あんたが結婚したって言ってたことだよ!
それなのになに、彼女の苗字は変わってない、おばさんもおじさんもうちの家族も誰も知らない。そして病院ではちゃんとご主人って呼ばれてる。そしたら多分病院の保証人の欄には阿須賀の名前がかいて書いてあるわけでしょう?手術とか輸血とか一大事の書類には全部阿須賀がサインするわけでしょう?なに!なんなの!!そういうことになんにも文句も言わずおとなしく帰る私に、なんであんたはいつも責めるようなことばっかり言うのよ!!
嫌ってないよ。ほんとに。だけどさ、もう、
「めんどくさいんだよ、いろいろ。」
そういうわけなので、お見送りは結構です。とばかりに歩調を速めた。
たどり着く夏 つう @tu_asa
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