第17話 逃げていたけど
土曜日の23時30分、電話がポケットの中でブルブル震えている。豪を煮やした阿須賀が、誰かの携帯で電話しているんだろう。
気になっていないと言えば、嘘になる。冗談なら冗談だと、はっきりさせて欲しかったし、もし最悪本当に阿須賀が結婚しているのだとすれば、どういうことなのか、納得させてほしい。
家から遠く離れてわかったこと。
やっぱり、妄想だけでは生きていけなくて、私にも現実の幸せが必要なんだということ。そしてそのためには、新しい一歩を踏み出さなければいけないんだということ。
そしてそのためには、
続けられない過去には別れを告げなければならないということ。
加藤くんと話していて、軽い恐怖を覚えた今日の昼下がり、少し考えてみた。阿須賀にとって私は恐怖の対象にはならなかったのだろうか。ムリムリって断ってるのに、毎年チョコ持って告白しにくる隣の同い年。うん、全然怖がってなかった。そばにいることを嫌がられたことはなく、むしろ姿が見えなくなると探しにくるぐらいに近くにいた。今回も、離れたところに引っ越したら、来るし。電話も来るし。
だから、今まで聞きたくても聞けなかったことを、今日はきちんと聞こうと思う。阿須賀と気まずくなりたくなくて、なんとなく避けてたこと。だって、今更失うものなんて、何もないじゃないか。
午前2時。
バイトが終わる。
「お疲れ様でした〜。」
予感はしていた。店の外には阿須賀が立っていた。
「なんか、用?」
「萌が電話に出てくれないから。」
「奥さんに浮気疑われて、慰謝料請求されたくないからよ。」
一緒にステーキを食べたレストランで、コーヒーを飲む。この人を新幹線に乗せて帰すことを考えたら、始発の時間までは喋らなきゃいけないんだろう。だけど、いざ時間がたくさんできると、何から話したらいいんだろうか。そんなことを考えてたから、今まで核心的なことは何一つ聞けなかったんだから、ここは勇気を出して、聞かなきゃいけないことを聞こう。うん。
「阿須賀さ、付き合うのは無理って言いながら、私をそばに置きたがるのはなんで?ただのパシリなの?でもさ、私に彼氏ができたらそれはダメだからね。」
「萌、彼氏できたの?」
私の願望が混じってるのかもしれないけど、明からに顔色が変わった。ここはできたって言って、反応を探るべき?でも、嘘をつくのは下手だから、
「できそうだよ、もうすぐ。」
(なんとなくそんな気がするだけで、誰といつどうというわけではないけど。)
「そうだよな、萌、モテるもんな。」
(あんたもね!!!!!!!!!!)
「だから、好きでもない女に彼氏ができようが遠く離れて学生やってようが、阿須賀が一喜一憂することないでしょ、って言ってんの。なのになんで大騒ぎしてんの。理由を教えてよ。」
「 …… 」
「だから、なんで黙るかな。都合の悪いところは黙秘? いいよ、話したくないなら話さなくていいよ。でもこっちにとっちゃ意味不明で振り回されて困ってんの。そっちの事情を話せないならもう関わらないでほしいんだけど。」
「 …… 」
「実際、阿須賀が結婚してるんだとして、いや結婚してるんだよね。そう言ってたよね。既婚者が夜中仲良く幼馴染の女の子と電話してたら、ほとんど浮気でしょ。私と電話したいなら、離婚してからにしてよね。」
「 …… 」
「松子の話だって、奥さんと話すのが筋なんだからね!!!」
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