第9話 むしろ私はノリノリでしたけど

2月13日、女の子は全国規模で忙しい。翌日の意味の捉え方が重いか軽いかの違いはあれど、割とてんてこ舞いしている。

かくいう私もその一人、そして私の場合はとても楽しみにしている日でもあった。日ごろ女の子が男の子に、思いっきり好意を示すことを認められている日。平日はそれでも少し遠慮している私であったが、この時ばかりは『当たり前だよねこれくらい』と、好き好きビームを出していた。


「阿須賀、これあげる。」

昨日作ったハート型の生チョコをあげる。

うちの母親にとっても阿須賀の母親にとっても恒例の行事となっていたそれは、何をどうしようが咎められることはない。真っ赤なリボンをかけていようが、レコード版くらいの大きさであろうが、微笑ましく見守られていたのである。


それが、いつしかこちら側がお祭りのように勝手に盛り上がっているだけだと気づいてしまった。私と阿須賀の二人の世界だった時には気づかなかったことが、二人以外の人間が登場することによって、比較して違いを考察するということができるようになってしまったのだ。


私が阿須賀にチョコを渡してちょうど自宅のドアに滑り込んだ時、阿須賀の家のチャイムがなった。


ピンポーン。


同じクラスのハルカちゃんが、阿須賀にチョコを渡しにきたのだ。

風に乗って、会話が聞こえてくる。

「佐藤くん、これ、受け取ってください。」

「宮田さん、ありがとう。だいじに食べるね。」

「うん。」

小学3年生にしては、落ち着いた会話だった。それは、クラスの人気者である阿須賀と、学級委員の宮田さんという組み合わせだったからかな、と自分の中では解釈した。


そしてその年、阿須賀の家には合計7人の女子が来た。学校に持って行くと怒られるから、みんな自宅に持ってくる。だから私には全部筒抜けなのである。一人で来る子もいれば、3人くらいで一緒に来る子もいた。その光景を見ながら、そして会話を盗み聞きしながら、だんだんと悲しくなってきた。何せ、来たみんなは、爽やか阿須賀スマイルでチョコを受け取ってもらっていたのである。かたや私は、


回覧板持ってくのと、なんも変わんないじゃん。


阿須賀は私からのチョコは、嬉しいわけじゃないんだ。


そう考えざるを得なかった。


だがしかし、そんなことで私が諦めるわけがない。挫けるには、私は阿須賀を大好きすぎた。頑張れば努力は報われる、そう信じて疑わなかった。だから、次の年もその次の年も、さらに次の年も、流行に合わせた手作りチョコを渡し続けたし、小学校の間は登下校も一緒だった。いろんなことをたくさん話したし、阿須賀の話もたくさん聞いた。この世で阿須賀のことを一番知っているのかもしれない。おばさんと張り合えるくらい。本気でそう考えていた。


だけど、高校は別れてしまう。

バレンタインの頃には、進路が違うことが決定していた。

中三の冬、私は意を決してチョコレートと共に告白する。結果、


「付き合うとか、無理。」


なる返答をもらって帰宅したのである。

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