第8話 深夜の擬態語はしんしん、であってる?

電話が鳴った。土曜日の23時30分。見なくてもわかる、阿須賀だ。


申し訳ないけど、出られないよ。週末の夜は掻き入れどきなんだから。私の上がりは今日は2時なんだからね!


考えてみたら、惚れた弱みなんだろうけど、すごく阿須賀に合わせてた。私だって、日曜日に友達と約束あったりしても、土曜日の23時30分は、お風呂から上がって、髪乾かして、もしかしたら、って待機していた。本人は気づいてないかもしれないけど、阿須賀から電話が来て私が取り損ねたことなんて、こっち来るまで一回もなかった。


別に毎週来るわけじゃない。本人が人恋しくなったかストレスが溜まったか新しい話題を仕入れて誰かに披露したくなったか、そんな時だけ電話が来る。月に1回くらいの時もあれば3ヶ月音沙汰ない時もある。でも、そんな阿須賀を責める権利は私にはない。だって、何を約束したわけじゃない、ただのお隣さんな間柄、私が待ちたくて待っているのであって、嫌なら電話なんか出なければいいし、忙しいなら待ったりしないで折り返せばいいのだ。そうだ、そうなのだ。わかってるよ。


私が阿須賀と話したかっただけだよ。


「お疲れ様でした。」

「おつかれ〜。」


今日は混んでた。ラストまでいたら結局2時15分。ま、日曜日はなんの予定も入れてないから、夜更かしするくらいなんともないんだけど。


不在着信。12件。

夜中だけど、掛け直すべき?

LINEなら、非常識ではない?難しいところだ。通知をONにしてるのか、だったら遠慮しないとかな、でもこんなに着信が残ってるのに何にもしないのも変に意識してると思われたら癪だし、ん〜、こんな時みんなどうしてんの?


いいや、明日日曜日だし。もう、阿須賀のことで悩まないって決めたじゃん。なんのためにここまで来たんだか。


『火・水・金・土はバイトが2時まであるから電話出れないよ。』


メールにした。

これなら起こすこともないだろうし、無視したことにもならないだろう。


そしたら次の瞬間電話がなる。

なんで?

そんなに話したかった?

誰か危篤?


ここで、彼の名誉のために説明しておこう。

阿須賀には友達がたくさんいる。知人レベルの人からすんごくつるんでる親友級の人まで、各種取り揃えている。どちらかというと人に囲まれてるタイプの人間だ。週休二日なのになぜ土曜日に電話が来るかって、金曜日の夜は誰か彼かと一緒に遊んでいるのだ。土曜日は仕事してるときも多いけど、暇持て余してプラプラしてる姿は見たことがない。


「もしもし。」

「もえ?」

「そうだよ。阿須賀どうした?なんかあった?」

「うん、あった。」

「それで、何があったの。」

「松子が死んだ。最後の一匹だったのに。」

「あの、でっぷりした松子が?」


金魚である。


「それは、辛かったね。」

「うん、もう餌をあげる松子がいないと、どうしていいかわかんないよ。」

「ってか、エサっておばさんがあげてなかったっけ?」

「そうだけど。」

「まあ、寂しいよね。」

「うん、寂しい。」


今日の阿須賀は、小学生モードだな、と思う。

8歳の阿須賀と喋ってる気分だ。

思えば小学2年生までが、私と阿須賀の蜜月だった。登下校一緒、土日も一緒、夏休みも冬休みも春休みも一緒。朝から晩まで二人の世界だった。そんな二人に人生の最大の難関、思春期がやってくる。きっと世界中の恋する幼馴染たちがぶつかってきた障壁であり、結果を左右する分かれ道なのだろう。


文字通り、私と阿須賀の分かれ道、小学3年生の冬がやってくる。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る