第5話 かわいい、すてき、かっこいい
舐めてた。
こんな無名の大学だから、門外漢でもなんとかなると思っていた。
しかし、実技が辛い。
クラスメートがすごすぎる。
「萌さん、時間内に終わらなかったら課題にしますから、後で教務室にきなさいね。」
いえす、まむ。
朝から晩までなんかかんか描いてるのに、なんでみんな飽きないんだ。なんであんな楽しそうなんだ。私もしかして向いてないのか。動悸が不純だから、授業も課題も難しすぎるのか。もしかしてこれ、ものすごく好きじゃないと、できない勉強なのか!
いや、私だって、結構好きだ。文房具、キッチン家電、CM、宙吊り広告、全ての者たちをデザインする側から考えたくなるほどこの世界が好きだ。これくらい好きなら問題ないと思っていたが、甘かったらしい。
まあいい。隣の家の男のことで悶々としながら過ごすよりは、成績について悩んでる方が気が楽だ。最悪、デザイン系の仕事につけなくてもなんの問題もない。私ははっきり言ってなんでもやれる。思い出してみよう、なぜまたふただび学生やってるのか。
穏便に、実家から離れたかっただけ。
もしかしたら、今、一番楽しい学生生活なんじゃないか。『あんた阿須賀のなんなの』とか言って詰め寄られることもなければ待ち伏せされることもない。阿須賀にランチに誘われるのを避けるために美術部の部室に自転車漕いでお昼駆け込む必要もない。家を出る時間を変えるために、早朝のコンビニバイトを入れる必要もない。そう、自分の生活を守るために、あれやこれや画策する必要がないのだ。普通に学校帰りのバイトを選んでもいいのだ!
「おはよう萌ちゃん。」
「おはようございます、さくらさん。」
刺身居酒屋『大将』に、週に4日入る。ここにした理由は、お刺身がたくさん食べられるから。飲食店のアルバイトを賄い以外で決められる人がいるとしたら、驚く。マグロ、カンパチ、鯵、ひらめ、の切れっ端がふんだんに乗った海鮮丼に、週1くらいの割合で遭遇する。ああ、至福の時、刺身たちとの逢瀬。
「萌ちゃん、お客さん。」
「へ?まだ開店時間じゃないですよね。」
「なんでも、東京から萌ちゃん訪ねてきたらしいよ。」
一瞬、阿須賀が浮かぶ。いやいや、まだ平日だし、あの人の会社壮絶忙しいし。とにかく会えばわかるでしょ。
「お久しぶりね、高田さん。」
「あ、吉村さん。」
「ずいぶん遠くに来たのね。」
「ここしか受かんなかったんで。」
もう用件分かった。こんなに離れたのに、阿須賀だよ。
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