第3話 わからせたいでも悟らせまい
入学式を終えて、校門を潜る。
そこに、小さな花束を持った阿須賀がいた。
落ち着け、想定の範囲内だ。
阿須賀は、天然と鈍感を掛け合わせて嫌味をトッピングしたような人間なのだ。
私のような、素直でまっすぐで愚かな人間の気持ちなど、一生わからない。
「萌、お前また学生やるんだって?」
「私のように勤勉な人間が、世のため人のためになるのよ。」
そして、私の胸に押しつけるように渡された花を受け取る。
「ありがと。ちゃんと勉強するよ。」
「ああ、頑張れよ。」
「じゃ、行くね。」
「え?それだけ?」
「なに、まだなんかくれんの?」
「俺、会社休んで朝イチの新幹線に乗ってはるばる来たのに、それだけ?」
「ああ、入学祝いに、ご飯でもご馳走してくれんの。じゃ、そこのファミレスでも……」
「いや、そうじゃなくて、なんか、俺、お前に嫌われるようなことしたか?」
「なんで?」
「だって、俺何にも知らなくて、だから俺に会いたくないのかと思ったりして、考えすぎだよな、だけどさ。」
……鋭い。そういう意味では嫌いだ、この男。
「会いたくないとか嫌いとか、全然そういうんじゃないよ。元カノでもあるまいし。」
ただ、嫁にも彼女にもなれないのに仲良しでいるのに耐えられなくなっただけだし。今はまだいいけど、そのうちおかしなことになりそうで、そうなったらなったで耐えられないだろうから予防線張ってるっていうのに、どうしてまだ仲良しでいようとするかな。
「やりたかったことやってみようって気持ちになったんだよ。なぜか。」
幼稚園も小学校も中学校も私の中心は阿須賀。もとい、阿須賀に夢中な自分をひた隠して気のないふりに全勢力を傾けた学校生活。高校はかろうじて別々になったから、少し力が抜けたけど、あろうことか大学で同じ学部の同じ学科になって、本当に大変だった。勉強は私の方ができたと思っていたのに、私の知らない3年間で、阿須賀と私の偏差値が同じになっていたなんて。しかも、打ち合わせも何もしていないのに、4年間机を並べることになるなんて。
世界を見渡せば、こんなにたくさん人がいるのに、どうして他の人たちは背景になってしまうのだろう。
「近所付き合いに、こんなに一生懸命してくれなくてもいいよ。阿須賀がいいやつなのはちゃんとわかってるから。おばさんに花持ってけって言われたの?」
らしくない。阿須賀が黙っている。マシンガントークというのではないけど、阿須賀は割としゃべる方だ。時には軽薄だな、と思うこともあるくらい。
「お前は近くに居てくれないと、落ち着かないっていうか。」
おいおい、聞きようによってはプロポーズですけど。
むしろここまで言ってくれてるのに、なんで私はあなたの彼女じゃないんですか。
これまでの情報を全てかき集めた結果、出てくる答えは「都合のいい女」候補。
ただし、私が阿須賀に女を求められたことは、一度もない。
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