第2話 片思い保存、のために

「本日はおめでとうございます。こちらへどうぞ。」

「あ、ありがとうございます。」


そして私は今、入学式に出席している。

誰の?

自分のだ。


「萌、せっかく就職した会社なのに、どうして辞めなきゃならないの?」

「お母さん、私、デザイナーになりたいの。どうしても諦められなかった。」

「そんな、才能がいる仕事、どうやってなるの?」

「あの、パリコレとかそういうのじゃないから。生活用品とか、紙面とかWebとか、実は今世の中デザイナーを求めてるのよ。」

「姉ちゃん確かに、絵ばっか描いてた記憶はあるわー。」

「お姉ちゃん、もう就職活動してんの?」


否、していたのは、受験勉強。

家から新幹線で4時間くらいかかる街の美術系の大学に、3年生から編入するための試験に受かった。その合格通知を持って、話を切り出したのだ。


うちは東京から近い。再就職先を探すなら、家の近くの方が数が多いと思う。だけど、大学となったら、地方の方が受かりやすいんだといえば何となくそうかと思ってもらえそうだった。実際はどうかわからない。ただ、私は家から離れる必要があった。むしろそれだけが、それこそが目的なのだから、とにかく家族に怪しまれずに遠くに行かなければ。


そしてよくあるパターンで学校の近くに就職して、もう実家とは縁遠い私になるのだ。


「姉ちゃん、阿須賀知ってんの?」


待ってました、その流れ。弟よ、いい仕事してくれた。


「教えないわよ。もうあいつの小間使いはこの辺でごめん被りたい。」


まあ、宿題手伝ってあげたり、閉店間際の駄菓子屋に駆け込んで、コインチョコ買ってきてあげたりしたのはもう15年以上前のことだけど。


「朋也、あんたも阿須賀に黙ってなさいよ。」


このセリフは、ここにいる母に向かって言ったものだ。うちの母は阿須賀のお母さんと仲がいい。まあ、ここまで言ってもある程度の情報が流れるのは仕方ないとして、大事なことは、


(私の居場所を私自身が阿須賀に知られたくないと思っている)


この事実がはっきりすること。

阿須賀は、私とはただの隣人のくせに、距離が近すぎる。


「すみれ、あんたもよ。」


ダメおしで妹にも念を押す。これもまた実際は母への念押しだ。


「お姉ちゃん、阿須賀にい寂しがるよ。」


それも事実だろう。実際寂しがってくれると思う。


「少し寂しいくらいの方が、早く嫁が決まっておばさん安心するでしょうよ。」


「え〜、おばさんお姉ちゃんにお嫁に来て欲しいって言ってたよ。」


それも知ってる。私だって幼稚園の頃からおばさんに言われてるから。


「あら嬉しいわ〜。」


全て冗談にして、明るく締めくくろう。本気で阿須賀のお嫁さんになると思っていた可愛い自分も明るい思い出にしよう。そう、なんのことはない、よくある話だ。家が隣どうし、同じ幼稚園、手を繋いで乗り込む園バス。


『萌ちゃん、大きくなったら僕と結婚してね。』


『うん、そうする!』


よくある話、よくあるパターン。ただ、片方が本気にしたまま大人になっちゃっただけ。途中でもう片方が思い出にしたことに気づいたけど、方向転換ができなかった、それだけ。


大真面目に馬鹿なことやってる。恥ずかしいから事の内実は誰にも言えない。そう、これはまさしくつける薬のない病、しかもおそらく不治の病なのだ。

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