たどり着く夏
つう
第1話 片思い、ずっとさせていてください
言ってしまえば、傷つくのが怖い。
失うのが怖い。
プライドが高いとか、臆病だとか、そんな罵倒甘んじて受ける。
卑怯者、上等。
私は阿須賀の初恋の相手。
この肩書きにしがみついて、一生生きていく。
それが、家が隣だといういわゆる思い込みの結果だったとしても、そんな冷静な事実は見ないふりできる。
「あんた馬鹿なの?」
私の中の誰かが夜な夜な嘲笑する。
でも、そんなものに狼狽えるほど私の根性は美しくない。
そのうち阿須賀が結婚して、仲良く歩いているところを目撃した日には、立ち直れなくなることが想定される。だから最近躍起になって不動産屋を梯子している。
この目で見なければ、私は頭の中で永遠に阿須賀の初恋相手だ。
訳あって今は離れてる。だけどそのうち一緒になる。
そんな幻想を死ぬまで持っていられる。
自分の幸せについて考えた時、それ以上の何かは思い浮かばなかった。
そうは言っても、最初からこんな私だった訳ではない。
いろんな人と会ってみた。
その度に苦しくなって、家に帰る道すがら、涙を止めることができなかった。
さすがの私も観念する。
好きにさせてください。
「萌、どっかいくの?でかいスーツケース持って。」
「あ、阿須賀。今日は仕事じゃないの?」
「そんな休日出勤ばっかしてられっか。」
「好きなくせに、仕事。」
「好きでも仕事以外のことをする日が要るんだよ、人間には。」
「ふ〜ん。」
ま、ばったり会ったりするわな。家が隣って、こういうこと。
阿須賀は大きい建設会社に勤めている。家やビルを建てるだけじゃなく、街ごと開発したりする大きい仕事もあるらしい。阿須賀がそこでどんな仕事をしているのか知らないけど、忙しいのにこんなに元気なんだから、多分好きな仕事ができてるんだと思う。
「なに、旅行?海外行くのか、このご時世に。」
「ううん、国内。長いお休み取れたから。」
嘘は言ってない。
言ってないことがあるだけで。
「誰と行くんだよ、そんなに長いこと。」
驚いた。普段突っ込んでこない阿須賀が踏み込んでくるなんて。しかも、どこに、じゃなくて誰と。
嫉妬ならいいのに。
「今回は、一人旅なのだよ。阿須賀くん。」
「生意気だな、萌のくせに。」
にっこり笑って歩き出す。せめてこの笑顔が、阿須賀の中に刻まれますように。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます