扉の先の黒き人々-14-

 顛末報告書。報告日、二〇二二年・五月・十三日。報告者・吉備国勝。


 今回の怪異事件、呼称をNトンネル行方不明者事件とする。

 本件は高村警部、吉備警部補、並びにF県所轄署所属警察官の尽力により被害者が比較的少数で抑えられたことを記しておく。


 本件の始まりは今から五十八年前の一九六四年、犬鳴家炎上火災事件。以下犬鳴事件と明記す。

 犬鳴事件の起こりは地主による犬鳴家当主の横暴であった。犬鳴家当主、犬鳴権蔵は権力を盾に、伴侶のいる村人を抱き(主犯の供述によると強姦に近いものであったとされる)孕ませたり、逆らう村人を金で雇った人間に暴行させて木に吊るすなど、常軌を逸した強権を振り回し村人を支配した。

 十二月十七日深夜二時頃、権蔵の横暴に対し一部村人が決起。計五人の男が薪割り用の斧を持ち犬鳴邸を囲んだ。囲んだのち、一階部分の出入り口に相当する該当箇所六ヵ所を木箱・コンクリートブロック等で閉鎖し、玄関部・勝手口・応接室窓下の三ヵ所に放火。

 火は瞬く間に広がり、一階にて就寝していた当主である犬鳴権蔵、その妻犬鳴ヨネ、使用人朝倉キミヨ、岡田カズエは放火後すぐに一酸化炭素中毒で死亡。二階に居た長男である犬鳴権一は二階子供部屋の窓から逃走を図るが、外を包囲していた放火犯たちの手斧の投擲で右肩を負傷し、そのまま出血多量で絶命。同じく二階に居た長女の犬鳴シホは負傷した権一の手当をしようと救急箱を取りに階下へ向かった際に階段を踏み外し、頸椎を損傷し即死した。

 邸宅は全焼し、早朝七時には鎮火した。周りに建物はなく、幸いにも延焼等はなかった。

 主犯の五名はそのまま近くの派出所に出頭して、この時点でようやく警察は事態を把握し邸宅跡を捜索。六名の遺体を発見した。


 その後、犬鳴家の取りまとめていた村は市町村合併で消滅し、跡地にはNトンネルが通された。

 Nトンネル開通後から特に問題もなく周辺地域に異常は見られなかったが、六年前の二〇一六年の夏に起こったマグニチュード五・五の地震によりK町方面側北側出口付近の天井が崩落。通行止めになり、兼ねてより新設されていた新Nトンネルに往来使用の殆どが奪われていたために一年後に行政より復旧差し止めが言い渡されてNトンネルは役割を終えた。


 Nトンネルは役割を終えたが、周りに民家等はなく。また木々が生い茂っており薄暗いためオカルトスポットとして人気が出たために、トンネル内に進入するものが多数出現。またかなりの人数が行方不明になり県警による調査が為されていた。


 結論から報告すると、この行方不明事件がNトンネルに潜んでいた怪異の仕業である。


 二〇二二年・五月六日。特記人物Eの協力で高村警部はNトンネルの怪異と遭遇、撃退し異空間から行方不明の前野恵一氏を救出。後の診察で彼は脳死が言い渡されたが、その後の継続捜査で異空間に行方不明者が多数囚われていることを突き止め、自衛隊・警察の協同救出作戦が組まれた。

 結果、行方不明となっていた全ての人物を救出完了。翌々日、Nトンネルの入り口を爆破処理し、異空間への干渉を物理的に不可能にすることで事態の解決を終えた』



「ふぅ、誤魔化しはこれぐらいでいいですかね」


 F県警察に備え付けのパソコンの前で、吉備は背筋をグッと伸ばして音を鳴らす。

 時計を見ると作業を始めてから二時間近く経っている、通りで肩が凝るわけだと吉備は納得した。

 現在時刻は夜の九時、警部補になって残業が増えたのは気のせいではないはずだ。

 どれもこれも報告書を押し付けた上司のせいであり、頭の中で嫌味の一つでも言ってやるかと吉備が思っていると、誰もいないはずの捜査一課の詰め所に足音が聞こえた。


「お疲れさん、ほれコーヒー」


 足音の正体は上司である高村だった。遠く離れた警視総監にオンライン通話で直接事態の説明をしたせいか、いつもより嫌にくたびれて見える。


「どうも、総監はどのように?」

「縁間の機嫌だけは害すなってな。いっぺん異常事態に巻き込まれとるから縁間信者やぞ総監は」

「まぁ、警察が怪異事件の解決ができてるのも大半が彼のおかげですから……」

「ったく。休暇中の閻魔様に頼みこんで解決してもらうってのが気に入らへん。現世のことはウチら人間が解決せなアカンのやないか?」

「それはそうですが、今回のような黒人間には太刀打ちできないのも事実ですから…。

 陰陽師や除霊士の方々はお布施の額が高いわりに効果が薄いですし」

「そら地獄の主より優れた祓い屋なんかおらんがな」


 ため息を吐きながら高村が持っていたコーヒーを一気飲みする。飲み終えると女性らしくない特大のゲップを響かせた。


「で? 報告書にはなんて書いたんや?」

「当たり障りのない範囲ですよ。最後の四人目については伏せました」

「ああ、それでええやろ。ワザワザあんな真実書くことあらへん。あの子の頑張りはウチらが覚えてやっとったらええねん」


 コーヒーを飲み終えたインサートカップをゴミ箱に捨てて、高村は帰宅準備を始める。

 それに倣うように吉備もパソコンの報告書を警察署内のクラウドにアップデートして片付けを始めた。


「吉備ィ? 飲み行くかぁ?」

「いいですね、屋台通りのラーメン屋で美味しい店があるんですよ」


 

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る