扉の先の黒き人々-13-
天が朝食を終えて骨董堂に向かうと、天がいつも座っている仕事机に高村が腰かけていた。シアと吉備は部屋内には見当たらない。
「吉備はどうした?」
「ぶふっ、二人でお前が喋れるかわからんからヨーグルトとか買いに行ったで。くくく、戻ってきたら感謝しとき」
あまりの辛さに唇が腫れあがっている天を見て、高村がゲラゲラと笑う。
その様子に天はビキビキと額に血管が浮き出るが、右手で胸を押さえて怒りを鎮めた。
「助かる。冗談抜きでな」
「シアちゃんの相手も大変やな縁間、ゲフッ。ンフフ…。」
「笑うのもそこらにしておかねば、輪廻の輪からはじき出すぞ貴様」
職権乱用である。
「悪い悪い。はー、わろたわぁ。さて、吉備とシアちゃんが戻るまで事件の顛末説明しよかぁ」
「頼んだ」
ゴホンと咳払いをして仕切りなおす高村。視線が微妙に天を向いていないのはご愛敬。
高村は床に置いていたビジネスバッグの中からタブレットPCを取り出すと、少しばかり操作して天に画面を見せる。そこにはNトンネル行方不明者リストと銘打った名簿が写されている。
「これはこの前の緊急通用口の中から引っ張り出してきた奴らの名簿と行方不明者リストを照合したもんや。全部で百十七名、殆どの身元が判明したで」
「わからなかった者もいるのか?」
高村は頭を振り否定する。
「わからなかったわけじゃなくてな、まだ行方不明者届が出ていなかっただけや。繚乱舎の三人はまだ行方不明か判断がつかへんかったし」
「前野を除く二人も身元が?」
「おう、顔写真を繚乱舎の編集長に確認してもろたわ」
高村がタブレットを操作して三名の顔写真が映った画面を呼び出す。
「前野恵一、矢別賢雄、又井圭介。この三名が繚乱舎のジャーナリストで、まぁ、暫定の生存確認が取れとる。身体は綺麗やが植物状態のままや。
けどな、アンタが聞いたうどん屋の黒人間の話を裏付ける証拠も出て来とるねん」
高村は三度タブレットを操作して、今度は動画を再生する。映像を見るに車通りの多いコンビニのようだった。
「コンビニか?」
「せや、繚乱舎のビルがある通りのコンビニや。監視カメラの映像を貰ってきてん。ほら、ここ見てみ」
高村が再生している動画を指差す。そこには前野たち三人が車から降りて店内に入る様子が映し出されていた。
三人は飲み物と、矢別は追加でキャンディーの袋を購入し車に戻って行く。問題はそこからだ。
「増えているな」
「せや、コンビニを退店するときに女が増えてんねん! それより前の映像も確認したんやけどな? この女が入店する映像はなかったんや」
「これが、『四人目』ってことか…」
「どや? なんかわかるか?」
「バカ言え、そんな能力があったらとっくに使ってる」
そうよな~、そう言って高村はタブレットをスリープにしてバッグに収納した。高村も別に答えを期待していたわけではないようだ。
沈黙が骨董堂内を包み込む。それを破る口火を切ったのは高村だった。
「なぁ、縁間」
「なんだ」
「来週の頭にNトンネル塞ぐことになってん」
「そうか」
「せやからさ……。いや、やっぱええわ」
ボリボリと短い髪を掻き乱して、高村は吉備はまだかなーなどと白々しく言葉を濁す。
その様子を見て、天は深くため息をつき。
「行くか。Nトンネルに」
「ええんか!?」
「お前としては前野の間接的な仇を取りたいのかもしれんがな。俺はあの空間が消えていないのが非常に気になる。
どんな不可思議な骨董にも超常を逸する怪異にも、根底には必ずそれを支える土台骨がある。これだけは変わらん。
つまり、黒人間が全滅しているのに緊急通用口の中の空間が維持されている現状は違和感まみれだ」
天が熱弁をふるっていると、骨董堂の玄関側のドアが開いた。コンビニの袋を下げた吉備とシアだ。
「お待たせしました、飲むヨーグルト買ってきましたよ」
「ありがとう、本当にありがとう」
天は飲むヨーグルトを受け取るとガブガブ飲み干していく。
やせ我慢していたがとても辛かったらしい。
「あー、輪廻転生して人間道に生まれ変わるな」
「素直に生き返るって言えや」
高村のツッコミに反応もせずに二杯目の飲むヨーグルトを開ける天。あまりの光景に高村と吉備の二人は笑いが漏れた。
「そんなに辛かったんかいな」
「人が食ったら死ぬからやめとけよ。こんな理由で冥界の仕事を増やしたくないからな」
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