扉の先の黒き人々-12-
天がゆっくりと緊急通用口の扉を引く。扉の中の光景は依然と変わっていなかった。
黒人間たちを除いてだが。
「なるほどな……」
「どういうことです? 黒人間たちがぐちゃぐちゃにされてますよ!」
天と高村が初めて訪れたときは洋館を取り囲み、二階に向かって斧を投げつけていた黒人間たちの集団は、吉備の言う通り縦や横に真っ二つに裂かれていたり、酷いところでは腰の部分からへし折られている者もいた。
天はそのうちの一人にゆっくりと歩み寄り、触れる。反応は一切なく、パッと見ではわからないが絶命しているものと考えられた。
「なるほど、見えた」
「何がです?」
「黒人間の行動だ。俺と高村が初めてここに来たとき、前野を連れ出そうとして襲われた。だが、扉の外に連れ出したら攻撃を止めて洋館への斧投げに戻った。
実は前野を連れ出している高村を援護したときに黒人間に唐竹割りを見舞ったり、斧を投げ返してみたんだがダメージは無さそうでな。手の打ちようが見当たらないからそのまま一度引いたんだが……。
もしかすると、黒人間同士ではダメージが通るのかもしれない。トンネルから這い出てきた黒人間は洋館から逃げ出して、外を囲う黒人間を始末して扉を通った? いや、違うか? 吉備! 一度外に出て、扉を閉めてくれるか! 三分経ったら再び開けてくれ!」
了解ですと、黒人間たちの死体に近づいている天に聞こえるように大声をあげた吉備は急いで扉の外に出ると、つっかえにしていた石を外して扉を閉めた。
扉が閉まるとそこは切り取られた空間が元々なかったかのように背景と一致する。
「やはり、扉は内から開けられない…。俺のような空間を裂ける者でもない限り不可能か。
ならば、どうやって…」
天は黒人間たちの死体からさらに奥、洋館へと踏み込む。玄関、勝手口、応接室の窓……。全てが外から塞がれており、中から外に出るのは到底無理だと素人目で見てもわかるほどだ。
一階外部を一周し、天は奇妙なものを見つけた。黒人間の頭である。
その時、背後から誰かが走ってくる音が聞こえた、十中八九吉備であろうと天は振り向く。案の定、足音の正体は吉備であった。
「視界から見えない位置にいないでくださいよ! 消えちゃったと思ってビックリしました!」
「すまん、なんとなく見えたぞ。一旦扉の外に出る」
頭部だけの黒人間を右手で鷲掴みにしながら、天はスタスタと通用口の扉に向かって歩き出す。吉備は一瞬ポカンとするが、慌ててその背を追う。
「中でどうなったかわかったんですか!?」
「多分な。仮説が正しければ…」
扉の前に辿り着いた二人は一度扉の外に出て、持ってきた黒人間の頭を見つめる。
「この人も前野さんみたいに元に戻ると?」
「ああ、そしてこの頭の正体は…」
黒人間の頭から前野の時のように塵がどんどんと剝がれ落ちていく。
その顔が現れたとき、吉備は大きな声を上げた。
「う、うどん屋の老婆!」
黒い塵が剥げ、現れた顔はうどん屋で見た老婆の顔だった。
「繋がったな。老婆は扉の中と外で分離していた、だが根本は繋がっているから俺がうどん屋でコイツを始末したときに中の奴も死んだ。
うどん屋とリンクしている中の奴が死んだおかげで、洋館の中にいた黒人間が老婆が消えて統率の取れていない奴らを無理押しして洋館の外に出られた。
外に出た黒人間が逆襲として館を囲んでいた黒人間を殺し、トンネルの中を経由して高村達の前に現れた」
「話は繋がりますが、意味は分かりませんね」
「まったくその通りだ。……館を囲んでいた黒人間を全て外に出すぞ」
「ええ!? 百人超えてましたよ人数!」
「あの殆どが『仲間』にされた奴らだ、警察としても手柄になるんじゃないか? どちらにせよ、このまま洋館に繋がるこの扉を放置はできん。俺の力技でなかったことにしてもいいが、あまり俺の力を使いすぎると現世に影響が出てしまい、よろしくはない」
うーんと頭を捻って唸る吉備。天の無茶ぶりに対してどうしたものかと悩んでいるようだ。十数秒後、彼は決断を出した。
「わかりました、外に出て無線を使って警視庁経由で自衛隊に応援を頼みます。縁間案件≪めんどうごと≫だと聞けばすぐに人手を寄こしてくれるでしょう」
「頼んだ。俺は一人で先駆けて扉の外に黒人間を出し続けていく」
その後、Nトンネル行方不明者救出作戦と名付けられた活動は数時間に渡って続けられ、扉内の黒人間を全て外に搬出し終えた。
◇
後日、高村と吉備は縁間骨董堂を朝早くに訪ねた。
インターフォンを押し、しばし待つとシアが玄関を開けて二人を中に招く。玄関、骨董品置き場、そして食堂に入ったとき、強烈な刺激臭が二人の鼻腔を刺した。
思わず鼻を覆う二人だが、高村が我慢して声を発する。
「邪魔するで」
「邪魔するなら帰ってくれ」
「あいよー! ってくらぁ! ゴホッゴホッ!」
「ナーガ・ヴァイパー入りのカレーだ。人間は近寄らないほうがいい」
「はよ言えや! 骨董部屋で待っとるから食い終わったらさっさと来い!」
「二年ぐらいかかるかも知れんぞ?」
「気合で秒で食え!」
耐えられないのであろう、食堂のドアを強烈に締めて二人は退出した。なお、シアはそもそも食堂内に入ってすらいない。
誰もいなくなった食堂で一人、天はカレーをぱくり。
「からっ」
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