扉の先の黒き人々-7-

 我に返った高村は背後を確認する。そこには空間が切り取られたように、開かれた緊急通用口の扉が存在していた。音を立てずにそっと扉まで戻り、トンネル側に首だけ出す。トンネル側は何も変化がないことが視認できた。扉を閉じられないよう、落ちている瓦礫を扉に挟み、屈んで地面を確認している天のもとに戻る。


 黒き人々は言葉にならない音を叫びながら矢継ぎ早に手斧を投げ入れ、炎上している洋館をなおも攻撃していく。しかし、いくら窓ガラスが割れる音がしようとも、燃え盛る炎が強くなろうとも、館が崩れる気配はまったくない。

 高村と天は息を殺し、その光景を眺め続けた。なにかが変わるかどうかをつぶさに観察しながら。

 そんな折、高村は黒い人々の中にあるものを見つけた。指輪である。


「縁間! あれ見えるか!? 手前側にいる黒い奴!」


 小声で怒鳴るという器用なことを行う高村が黒い人々を指差す。

 天が指摘された対象を目を凝らして探してみると、確かにいた。身体は真っ黒だが右手の薬指にシルバーの指輪をしている黒い人が。


「あの指輪、多分だけど前野の奴が着けてたやつや。フラれた彼女に貰ったもんだけど名残惜しくて外せないって、飲みの席で言ってたの覚えてるわ」

「女々しすぎだろアイツ」


 そんな場合ではないのだが、天は思わず辛辣な発言をしてしまう。

 天は小さく咳ばらいをして、気を取り直すように高村に尋ねる。


「どうする」


 高村は数度黙ったまま頷き、天に提案した。


「扉の外に出してみぃひんか?」

「あそこまで行って推定前野を引っ張り出すのか? 相手は斧を持っているが」

「このまま眺めていても変わらんやろ。外に出したらマックロクロスケの前野も元に戻るかも知れん」


 天は顎に手を当てて目を閉じて、二、三度首肯し、大きな大きな嘆息をすると。


「まだあれが前野とは決まったわけじゃないが……。試してみる価値はあるか。俺が援護する、引っ掴んだら真っ直ぐに扉の外に出ろ。いいな」

「わかった!」


 覚悟の決まった目をした高村は、ゆっくりと音を立てないようにしゃがみ体勢でソロリソロリと暫定前野の全身黒人間に近寄る。気づかれずに接近したら、黒い暫定前野が斧を投げた瞬間を見計らって後ろから抑え込む。

 そのまま高村は左腕と首根っこを掴み、全力で扉へと駆け出す。瞬間、黒い人々が一斉にこちらにグルリと振り向き。真っ黒な顔の部分に大きな二つの眼≪まなこ≫が開かれた。その目は高村ではなく、黒い暫定前野に向けられている。


「そう簡単に逃がしてはくれんか。俺たちには目をくれないところを見るに、やはり黒人間になるには特定の条件があるな」


 うむうむと顎を撫でながら頷き、こちらに走ってきている高村に天はひどく落ち着いた声をかける。


「急げ、想定百数人がお前を狙っているぞ」

「うるっさいわ! 全力で走っとんのやボケェ!」


 顔を真っ赤にして自らの方に駆けてくる高村を横目に黒人間の方に目を移す。数人の黒人間が高村達めがけて、斧の投擲の姿勢を取っていることが見て取れた。高村達は到底扉まで届きそうにない。天は一つため息を吐いて、胸に手を当てて高らかに叫ぶ。


「我が胸中に宿る閻魔よ! 現世の罪に抗いを!」


 刹那、世界の時が止まった。高村達目掛けてふり絞って投げつけられた手斧は空中で静止し、高村も黒人間たちも、館に盛る炎でさえも天を除く全てが冷気を帯びずに凍り付いていた。

 そんな固まってしまった世界を何でもないように天は歩き、宙に浮いている手斧を回収する。そのまま斧を持って黒人間の集団に近づき。


「ふんっ!」


 まず一人、頭を真っ二つにした。二人、三人、四人、五人…。十一人ほどを唐竹割りにしたのちに、持っていた斧を周りの黒人間に投げつける。

 その後は悠然と高村の横に並び、高村のスーツの襟元と暫定前野の左手を掴んで力いっぱい扉の方へ放り投げた。


「よし、そろそろか」


 左手で指を鳴らしリズムを取る、五回ほど鳴らしたときに世界は再び動き出した。


「うっぎゃあ! いったいわ! 縁間お前あのわけわからん技使うなら先言えや!」

「貴様は文句より先に感謝すべきだと思うがな」

「喧しいわ! ありがとなぁ!」


 無事に高村達は扉の外に出ていった。天もそれに倣おうとするが、頭を割った黒人間たちが気になり振り返る。

 頭を割られた黒人間や斧が突き刺さったままの黒人間達はそのまま洋館に向き直り、天たちがやって来る前と同じようにどこからか取り出した手斧で館を攻撃し始めた。

 その光景を見て、天は悟る。


「前野も戻っては来れんな」


 前野への少しの罪悪感を覚えつつも、天も高村達と同じく扉をくぐる。数秒後、扉によって切り取られていた風景は何の異常もない景色へと戻った。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る