扉の先の黒き人々-6-

 高村と天は高村の駆る二千四百CCのスポーツカーに乗り込み国道を驀進していた。目指すのはNトンネル、既に何人もの人を呑み込んでいる悪魔の大口だ。

 高村は鼻歌を歌いながら軽快にアクセルとクラッチを巧みに操り、なるべく減速しないように運転を行っている。スピードメーターは八十キロを示し、同僚がいれば切符を切られることは間違いない運転である。


「飛ばしすぎだ馬鹿」

「ウチの通るところが高速道路や」

「……こんなのが警官なんだから世も末だ」


 法令違反のおかげなのか、幸か不幸か、予定していたより遥かに早い時間でNトンネル入り口まで二人は辿り着いた。

 トンネル前の路側帯に停めてあった前野の車は既に撤去されており、二人は知る由もないが、前野が訪れたときと周りの環境は何一つ変わらない状態であった。


「二人やけどトンネルん中入るんか?」

「死にたいなら好きにしろ。俺は助けん」

「ケチ助。カワイイカワイイ女の子のウチが助けを求めても見捨てるっちゅーんか!」


 返事の代わりに特大の舌打ちを天は返す。未だ自分の身体を抱いてクネクネと踊る高村を無視をして、天は周囲の観察を始めた。


「道路脇の雑木林は草も伸び放題で道路まで蔦が進出してきている。とても半年前に業者が入ったとは思えない、おそらく人材センターの職員が失踪したのは職務開始前だな。

 ……職務開始前にトンネルに入るか普通? まずないな、トンネルに入るのが失踪の条件じゃない可能性が高い。ありえる。条件の見直しが必要だ。へっぽこ刑事! 手伝え!」

「だれがへっぽこじゃワレぇ!」


 天は高村に失踪する条件が違う可能性があることを示唆する。高村はおちゃらけた雰囲気から一転、真剣にその話を聞き、同僚に自分たちが戻ってこなければNトンネルを爆破するようにスポーツカーに積んである無線で連絡した。

 通常ならば何を馬鹿なことを一蹴される話ではあるが、縁間天が一緒だと告げると必ず生きて戻るようにキツく約束させられたのは言うまでもない。

 警察内部で共有される縁間案件の危険度には負の信頼があるのだ。


「連絡した。いつでも行けるで」

「御苦労、俺がいる限り死ぬことはないがな」

「それはホンマその通りやから怒れへんねんな…」


 二人はトンネルに踏み入る。高村はスマートフォンのライト機能を起動するが、天の「いらん」の一言でスーツのパンツポケットにスマートフォンをしまった。

 周囲に明かりが無くなり、暗闇が二人を包む。天は右親指の指輪を撫でて声高らかに吠えた。


「我が指輪に宿る秦広よ! 暗黒の世に光を!」


 指輪から強烈な光が放たれ、トンネル内部が明るく照らされる。投光器よりも強烈に光ったそれは、内部を照らし終えると自身の発光を止めた。しかし、光源がないにもかかわらずトンネル内は明るいままだ。

 十指王環、天の所持する骨董品の一つで、地獄を司る十王の権能を借り受ける黄金の指輪である。


「ホンマ便利やな、その指輪」

「指輪ではなく『十指王環じゅっしおうかん』だと何度言えばわかる」


 はいはーい、と軽く返事をして高村は探索を開始した。

 天はその態度に顔を顰めてイラつきつつも、深呼吸をして高村同様にトンネル内に目を凝らす。

 トンネル内は経年劣化によりボロボロで、ところどころ内壁が剥がれ落ちており、いつ残りが崩落してもおかしくない状況であった。

 二人は周囲を見回しながらも着実に進んでいく。ふと、高村が雑談を始める。雑談と言っても事件に関係することだが。


「そういや、例の犬鳴邸の火災は生き残りはおらんかったんか? 出入口が塞がれた言われても、隠し通路があって生き残ったとかありそうやで」

「よく気づいたな。確かに犬鳴邸は全焼した。しかし、焼死体は七人いたとされる被害者のうち六人分しか確認できなかった」

「お! じゃあその一人が恨み神髄で超常パワーでもって……、付近の住民に八つ当たりー!」

「なくはないがな。主犯は三年前にみんな死んでるんだぞ? まだ続ける理由はなんだ。恨む相手はもういないのに」

「そりゃー…。恨みを晴らすために使った力の暴走、とか?」

「暴走しているならこの程度の規模で収まると思えん」


 ですよねー、と高村が手を挙げたところで天が立ち止まる。

 合わせて高村も立ち止まり周りを見渡すと、あった。ところどころ黄色い塗料の塗られてある緊急通用口と書かれた扉が。足元に割れてしまっているがプラスチック製のフラッシュライトが散乱していた。前野たちのものかはわからないが、何者かが扉の中にいる可能性は高い。

 高村がゴクリと生唾を飲み、天に小声で聞いた。


「行くんか?」

「当然だ。一度引いて何を立て直す? 行方不明者が生きているかどうかの確認はすべきだろう。答えは間違いなくこの扉の中にある」

「こ、根拠は?」

「俺の経験に基づく勘だ。十秒で覚悟を決めろ」


 天が無慈悲にカウントダウンを始める。逃げられないと悟った高村は何度も何度も深呼吸を繰り返し、ついに覚悟を決めた。


「しゃぁ! 来いや!」

「……一、零。開けるぞ!」


 天は鍵穴など何もない、ただの扉のノブを回して開け放つ。

 扉を開けた先には漆黒の雲と、炎上する大きな二階建ての洋館を囲み、薪割り用の手斧を構える全身が黒い人々が目に入った。

 炎上の熱気とは別の狂気を感じ取った高村は、思わず一歩進んで呟く。


「なんや、この狂った光景は」


 天はそんな茫然自失している高村の肩を叩き、一言。


「適当に言ったつもりだったがな…。本当に緊急通用口は異界に繋がっていたようだ」



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