第十三章 消えることない愛を誓って

(1)



 翌日、グリフィスとミシェルは、王城に向けて出発した。

 怪我をしているロイが同行したこともあり、途中一泊し、翌日の午後、王城に到着した。

 王城の前では、女官長とユーシスが二人の帰りを待っていた。


「おかえりなさいませ」


 先に馬車から降りてきたグリフィスに、女官長とユーシスは丁寧に頭を下げる。

 そして、グリフィスに手をとられ、馬車から姿を見せたミシェルに、女官長の顔は輝いた。


「ミシェル!」

「女官長!」


 ミシェルもぱっと顔を輝かせると、女官長に駆け寄って、その勢いのまま抱きついた。


「まあまあミシェル! またここであなたに会えるとは!」

「私も、嬉しいわ。これからもどうぞよろしくね」

「勿論ですとも。ああもう、ミシェルとは呼べませんね。ミシェル様」

「どっちでもいいじゃない。それより、皆は元気?」


 にこやかに楽しそうに会話するミシェルを、グリフィスはなんとも幸せそうな表情で見守っている。

 そして、そんなグリフィスにユーシスは近寄ると、小さく会釈した。


「おかえりなさい。ご無事で、何よりでした」

「ああ。お前のほうこそ、ご苦労だったな」


 ユーシスがロベール公爵を今回の首謀者と断定し、すでに捕らえていることは、王城へ帰る途中、ユーシスからの使者に会って把握している。

 また、ロベール公爵のスパイとして、エレイナと彼女の恋人の身柄も拘束される予定だということも。


「ロイの具合はどうですか?」

「問題ないだろう。しばらく休養すれば元通りになる。デイナはこちらに?」

「勿論、向かっていますよ。エレイナも一緒です。夜にも着くでしょう」


 後続の馬車からロイが姿を見せ、ユーシスはそちらへと駆け寄っていく。

 入れ替わりに、女官長がグリフィスの側にやってきた。


「陛下。ミシェル様のお部屋は、どちらに用意いたしましょうか」


 聞かれて、グリフィスは女官長の肩越しにミシェルと目と目をあわせた。

 この件については、何度も議論し、すでに決着はついている。


「東棟に。ただし、二階の中央に新しく用意しろ」

「かしこまりました」


 東棟の二階は、貴族の中でも身代の大きな貴族が短期滞在用として使用している。

 警備もしっかりしているし、内装も豪華だ。

 王妃の間を主張するグリフィスと、元の東棟の部屋でいいと主張するミシェルとの、それが妥協点となった。


「それから、王妃の間のドレスなどの装身具を、全てそこに移すように」


 これは、話し合いの中には無かったことだ。

 ミシェルの目にちらりと剣呑な光がともったが、口では何も言わなかった。

 きっと、二人きりになった途端、山のように文句を言われるだろうが、それはそれだ。


「ミミ」


 グリフィスはミシェルを呼び寄せると、右手でミシェルの右手を取り、左手で彼女の肩をしっかりと抱き寄せる。

 そして、ミシェルの右手を口元まで持ち上げると、白い甲にそっと唇を押し当てた。


「我が城にようこそ」


 そう囁くと、ミシェルが顔を上げ、グリフィスと視線を合わせ、にっこり微笑んだ。

 つられるようにグリフィスも微笑むと、ミシェルと一緒に、王城の中へと入っていった。


 



 


 その日の夜に、グリフィスは元老院の貴族だけを集め、略式の晩餐会を開いた。

 ミシェルのお披露目が主な目的だ。

 婚約者だとミシェルを紹介することで、婚約解消の事実をあっさりとなかったことにしてしまった。


 すでに、ロベール公爵のミシェル暗殺未遂を元老院のメンバー達は知っていた。

 そして、そのロベール公爵は姿を見せず、グリフィスは淡々とロベール公爵は高齢のために隠居することだけを話した。

 ロベール公爵の単独犯ということもあり、またミシェルの強い希望もあって、今回のことは内々で処理することにしたのだ。


「それから、新ロベール公爵から、元老院主席の座を降りたいという申し出があった。これを受理しようと思う」


 内々にすませるといっても、この程度の処置は当然、予想されるものだった。

 貴族達は冷静に受け止めたが、次のグリフィスの言葉にはどよめきが走った。


「次の主席に、フィッツロイ公爵を指名したい」


 誰もが、次の主席にはサザーラント公爵ユーシスがなるだろうと思っていた。

 一同の視線が、ユーシスに集中する。

 ユーシスもまた、驚きを隠せないでいた。この決定を知らされていなかったのだ。


「受けていただけるだろうか」


 グリフィスに聞かれ、フィッツロイ公爵は驚きからようやく我に返り、承諾する旨を丁寧に答えた。

 フィッツロイ公爵は特に無能というわけでもないが、突出したものもないごくごく平凡な男だ。

 ただ、彼の娘は非凡な才能を持つ。デイナだ。


「フィッツロイ公爵」


 ざわめきが収まらない中、ミシェルの美しく軽やかな声がその場に響く。

 さっとざわめきは引き、一同の視線は、今度はミシェルに集中した。

 だが、ミシェルは臆することなく、フィッツロイ公爵に微笑みかける。


「お嬢様には、私、とてもお世話になったんです。それから、お嬢様のご主人にも。ありがとうございました」


 絶句するフィッツロイ公爵に、グリフィスは更に追い討ちをかける。


「似合いの夫婦だな。あの気の強いデイナに太刀打ちできる男がいるのかどうか、以前から心配していたが、どうやら杞憂だったらしい」

「まあ、グリフィスったら。デイナさんはとても素敵な女性なのに」

「素敵すぎて、つりあう男がなかなか現れなかったということさ、ミミ」


 くすくすと笑いあう国王とその婚約者を、一同は唖然呆然の態で眺めていた。


「ああ、それから、ロイにはミミの護衛隊長をやってもらう予定だ」

「本当?」


 さっとミシェルが顔を輝かせる。


「本当だ。君も見知った顔が側にあれば、安心だろう?」

「ええ。ありがとう、グリフィス」


 王妃になる女性の護衛隊長といえば、軍の中でも要職になる。

 ロイが国王の軍に入ることは言うまでもなく、それだけの要職につくとなれば、それなりの地位を与えられることになるだろう。


 こうなっては、フィッツロイ公爵もいつまでもデイナの結婚を認めないわけにはいかない。

 赤くなったり青くなったりしながら、フィッツロイ公爵はグリフィスに娘婿の抜擢に対して礼を言った。


 


 晩餐会の後、デイナが到着したという知らせを受けて、ミシェルはすぐに会いに行った。

 グリフィスが一人で酒を飲んでいると、憮然とした表情のユーシスが現れた。


「とうとう、僕からロイを取り上げましたね」


 親友の苦情に、グリフィスは低く声を上げて笑う。


「俺に文句を言うのはお門違いだろ。デイナに言えよ」

「勿論、彼女にもたっぷりと言いますよ」

「デイナがロイと結婚した時点で、ロイはサザーラント家から出る運命だったのさ」


 ユーシスは盛大に顔をしかめ、新しいグラスにグリフィスの飲んでいる酒をつぐと、肘掛け椅子に腰を下ろす。

 それを待っていたようなタイミングで、グリフィスが口を開いた。


「ストラーダ侯爵が、ロイを養子に欲しいと言ってきている」


 グリフィスのいきなりの発言に、ユーシスはグラスを傾ける手を止める。


 ストラーダ侯爵は、今現在、国王軍の最高責任者をしている。

 昔から軍門として名高く、軍の最高責任者の地位を世襲しているようなものだ。

 だが、今の侯爵には世継ぎがいない。いたのだが、厄介な病で失ってしまった。

 そのストラーダ侯爵家に養子に行くとなれば、ロイは軍人として最高の地位まで行くということになるだろう。


 ロイのことを考えれば、祝福するのが当たり前だが。

 ユーシスは非常に複雑な顔で、天井を見上げてしまった。


「デイナと結婚してすぐ、ストラーダ侯爵から話があった。侯爵には時期を待つように言っておいたんだが、話をすすめてもいい頃合だろう」


 結婚直後にこの話を進めていれば、ストラーダ侯爵家とデイナの実家フィッツロイ公爵家に禍根が残る。

 グリフィスとしては、それを避けたかったのだ。


「……僕には何の相談もなく」


 なにやらふて腐れたようにつぶやくユーシスの肩を、グリフィスは慰めるようにぽんぽんと叩いた。


「いいじゃないか。お前が一番の目利きだったということが証明されたのだから。大勢の軍人の中から、ロイという男を見つけてきた。その名もない軍人は、元老院の姫君に見初められ、軍人の中で最高の地位につこうとしている。大したものじゃないか」

「……いいですけどね」


 デイナに持っていかれた時、ロイについては諦めていたのだ。

 そのロイが幸せになろうとしているのに、いつまでもふて腐れているつもりはない。

 だが、頭で割り切れても心ではそう簡単に納得がいくはずもなく、ユーシスは話題を変えることにした。


「ミシェルはとてもいい感じになりましたね。以前の彼女とは、まるで別人のようだ」


 グリフィスはちらっと眉をあげただけで、何も言わない。


「いい王妃になるでしょう。そして、いい妻に。お似合いですよ」

「ありがとう」


 と、グリフィスはとても満足そうに微笑んだ。


「ロベール家からの申し出、受けるつもりなんですか?」

「ミミは受けると言っている。ヴァロア伯爵も承諾してくれるだろう。伯爵は王城でミミの後ろ盾が無いことを、何よりも気にしていたから」


 新ロベール公爵、ソフィアの父は、ミシェルをロベール公爵家の養女にし、ロベール公爵家から嫁ぐのはどうかと持ちかけてきている。ミミの後ろ盾になると言っているのだ。

 これは、前ロベール公爵がミシェルにしたことに対する償いであり、ミシェルに対して誠心誠意尽くすことで、グリフィスの信頼を取り戻したいということだ。


「ソフィアが喜びます。ミシェルの力になりたいと、言っていましたから」

「それで?」

「は?」

「お前とソフィアの結婚式は、いつにするんだ?」


 グリフィスのからかうような口調に、ユーシスは肩をすくめる。

 まだ、ユーシスからは、グリフィスにソフィアとのことを話していないのだ。


「新ロベール公爵から、ソフィアの結婚を許可してほしいと言われている」


 大貴族同士の結婚には、グリフィスの許可が必要になる。


「あなたの結婚式のあとで結構ですよ」

「何なら、一緒にするか?」

「馬鹿なことを言わないでください」


 グリフィスは楽しそうに笑っている。

 こんなくつろいだ感じのグリフィスを見るのは、いつ以来だろうか。

 もしかしたら、あの事件以来、初めてかもしれない。


「ユーシス、よかったな」


 さらりと、そんな風に言われ、ユーシスは面食らった。

 だが、こちらをじっと見てくるグリフィスの、思いがけず優しいまなざしに、ユーシスは真顔になる。

 そして、ユーシスも自然と笑みがこぼれた。


「ありがとうございます」


 

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