(6)
洞窟はそれほど広くない。
行き止まりになっていて、どこかに抜けることも出来ない。
ロイとミシェルは、その洞窟の最奥で敵と対峙していた。
ロイとミシェルに銃を突きつけているのは、中年の男。
にやにやと笑いながら、ゆっくりとミシェル達との距離を詰めてきている。
圧倒的に有利な自分の立場を楽しんでいるのだ。
ロイの持っていた銃はすでに弾がなく、腰の長剣も雪の中に捨てさせられた。
それでも、ミシェルをしっかりと自分の体の後ろに隠して守ろうとしてくれている。
ミシェルは突然の急展開に、混乱して冷静さを失っていた。
だが、銃口を見ながらじりじりと後じさり、洞窟の壁に背中が触れたとき、その土の感触に少し理性が戻ってきた。
冷静にはほど遠いが、このままではいけないと、自分を奮い立たせる気力がわいた。
「おとなしくしていれば、こんな目にあわずにすんだものの」
男の口調は投げやりで、口元に浮かぶ笑みは残忍そのものだった。
こういったことに抵抗がなく、慣れているのだ。
「こんなことをして、ただですむと思うなよ。陛下は絶対にミシェル様に危害を加えた者を許さない」
ミシェルを後ろ手にかばいながら後じさっていたロイも、もう逃げ場がないことを知って足を止める。
そして、ミシェルの手を握ってる右手を自分の腰の辺りに移動させると、ぎゅっと一度強く握ってからミシェルの手を離した。
ロイがなにかするつもりか悟ったミシェルは、手を離されても、握られていたときのように自分の手をその場にとどめる。
こうしていれば、対峙している男からは、今も二人は手を握り合っているように見える。
手を離したロイが、何かしているとは思わないだろう。
「そうかもしれないな。だが、俺には関係ないことだ」
「それなら、誰に頼まれたのか教えて」
ミシェルはお腹に力をいれ、大きな声でそう言った。
男の注意を自分にひきつけようと、とっさに出た言葉だった。
「お嬢さん。それは言えない。契約ってもんがあってね」
「構わないでしょう? だって、私はもうすぐあなたに殺されるんですもの。それとも、ロイは見逃してもらえるのかしら」
「残念だが、その男も同じ運命だな」
「それなら構わないじゃない。教えて」
男はあまりその気ではないようだった。
ミシェルは、こうやって駆け引きすることでなんとか時間を稼ごうと心に決める。
そうすればロイが何かしようとするのにも役立つだろうし、なによりもエレイナの言葉がある。
急がないほうがいいというのは、グリフィスは遅れてやってくるということ。
もしかしたら今頃、ミシェルを探してくれているかもしれない。
(グリフィスの声が聞こえたと思ったのは、空耳じゃなかったかもしれない)
この暗殺計画を知ったなら、グリフィスは絶対に助けようとしてくれる。
例え愛されていなくても、憎まれていても、グリフィスなら絶対に。
「でも、大体の予想はついているのよ。だから、あなたはちょっと首をかしげてくれればいいわ」
「おい。俺は教えるとは」
男を無視して、ミシェルは暗殺をたくらみそうな、裕福で尚且つ王妃となるにふさわしい娘がいる貴族の家名を並べていった。
勿論、これはデイナがみっちり教えてくれた知識の一つだ。
そして男は、ロベール公爵家のところで、舌打ちをした。
「そうだったの。ロベール公爵の独断ね?」
今のロベール公爵は権力欲が非常に強く、特に昔からの確執もあって、サザーラント公爵家より上にいようと必死だと、デイナは教えてくれた。
だが、公爵の息子で次のロベール公爵は、誠実で温厚な人柄。娘のソフィアも、王妃になることを望んではいない。
これは内緒ですがとデイナは前置きし、ソフィアがユーシスとの結婚を望んでいることも教えてくれた。
「あの公爵は、息子と折り合いが悪い。当然、そうなるな」
「公爵はソフィアを王妃にしたいから、私が邪魔なんでしょう? でも、私が王妃になる確率はほとんどないわよ」
「お嬢さん。あんたの腹ん中に、子供がいるのはばれてんだぜ」
「残念だけど、それは間違いだったのよ」
自分でも驚くほど口は滑らかに動き、暗殺者と駆け引きしているが、ミシェルは自分の心臓の音しか聞こえないほど緊張し恐怖にすくんでいた。
「子供なんていなかったわ。そう思い込んでいただけ。だから、私には殺すほどの価値はないの」
「それが本当なら、公爵は考え直すかもしれない。残念だな」
「残念?」
「そりゃそうだろう。悪いが、俺はあんた達を始末しなけりゃならない。もう、公爵のことを話しちまったしな」
男は銃を構えなおし、ミシェルの眉間にぴたりと照準をあわせた。
すぐにロイが体を動かし、銃とミシェルの間に自分の体を入れる。
「おおっと。あんたが先のほうがいいかい?」
と、今度はロイの眉間にあわせなおす。
その時、ミシェルはロイが右手にしっかりと短剣を握っていることに気がついた。
そして、敵と刺し違えるつもりで、発砲される直前に敵の懐に飛び込んでいこうと身構えていることも。
「やめて!」
ミシェルは悲鳴をあげる。
暗殺者とロイ、二人に向かっての制止だった。
自分が死ぬのはいい。その覚悟をして、ここまで来たのだから。
だが、ロイの命はなにがあっても失うことは出来ない。
少なくとも、自分が生き残りロイが死ぬなどということだけは、絶対に駄目だ。
とっさに、ロイの肩にしがみつくようにして、ミシェルは銃弾からロイの身を守った。
二人はバランスを崩し、地面の上に倒れこむ。
そしてミシェルは、ロイの手の中から転がり落ちた短剣を拾い上げると、暗殺者に向かって突進しようとした。
「とんでもないお嬢さんだ」
ミシェルの額に、ぴたりと銃口が押し付けられる。
身動きとれず、ミシェルは視線だけで男を見上げた。
先程までの残忍な笑みも消え、男は無表情にミシェルを見下ろしていた。
(殺される)
「ミシェル!」
敵の背後から、突然、大きな声が飛び込んできた。
ミシェルは目を見張り、男も驚いて肩越しに振り返る。
男の銃がミシェルの額から離れ、突然の侵入者に向けられた瞬間、銃声が響き渡った。
洞窟内に反響し、とんでもなく大きく感じられた銃声の中、男はぐらりと揺らめき、ミシェルの方へと倒れ掛かってくる。
ロイの腕がミシェルの腰にまわって引き寄せてくれなかったなら、ミシェルは男の下敷きになっていただろう。
その間も、ミシェルは呆然と、発砲したグリフィスの姿を見つめていた。
「ミシェル! ミシェル、無事か?」
必死の形相のグリフィスに、ミシェルは駆け寄って抱きつきたかった。
だが、足に力が入らず、立つことが出来ない。
「グリフィス。グリフィス」
だが、ミシェルが駆け寄る必要もなく、グリフィスがミシェルの元に駆け寄ってきた。
ミシェルが腕を伸ばしながらグリフィスを迎えると、しっかりとグリフィスの胸の中に抱きしめられる。
必死に、ミシェルもグリフィスを抱きしめ返した。
「怪我は?」
だがすぐに、グリフィスはミシェルの体を離すと、ミシェルの腕や肩をなでまわす。
「ないわ。ロイが守ってくれたから」
グリフィスはロイに視線を向け、ロイの傷が命に別状ないことを確認する。
嬉しそうに微笑んでいるロイと頷きあい、しっかりとミシェルを抱きしめなおす。
「間に合ってよかった」
「グリフィス」
「……気が狂うかと…思った」
その言葉に、ミシェルの目には、涙がどっとあふれてきた。
緊張の糸が切れたこともあって、涙はもう止まらない。
グリフィスの胸に頬を押し当てたミシェルは、グリフィスの心臓が自分のそれに劣らず、ドキドキと鼓動しているのを感じて嗚咽した。
自分だけではなく、グリフィスもまた思っていてくれたのだと、それでよくわかったから。
「ミシェル、ミシェル」
痛いほどしっかりと抱きしめて、うわごとのように名を呼んでくれるグリフィスの顔が見たくて、ミシェルは顔を上げる。
「きっと、来てくれるって、助けてくれるって、信じてたから」
強く引き寄せられ、次の瞬間には唇をふさがれていた。
まるでミシェルを貪るかのように、ミシェルの反応を引き出すかのように、情熱的に求めてくる唇に、ミシェルも情熱的に答えた。
「愛しているわ」
キスの合間、ミシェルはそう言わずにはいられなかった。
グリフィスへの思いが胸からあふれ出そうで、伝えなければ爆発してしまいそうで。
そして、言われたグリフィスは驚きに唇を離し、信じられないといったような表情でミシェルを見てきた。
だがそれも一瞬で、しっかりとミシェルを抱きしめることで、自分の表情をミシェルに隠す。
「本気で? 俺がどんなひどいことをしたのか。俺は」
「愛しているの、グリフィス」
グリフィスの言葉をさえぎって、ミシェルはそう囁いた。
「だが俺は、俺は君に……。ミシェル、俺は君に謝らなくては」
「ミシェルじゃなくて、ミミ」
ぎゅっと、ミシェルはグリフィスを抱きしめる。
「あなたは私を、いつもそう呼んでいたの」
最初から、こうやってグリフィスに接していればよかったのだ。
だが、今こうしてやり直せることが、とてつもなく嬉しい。
ミミと囁きながら、しっかりと抱きしめてくれるグリフィスの胸の中で、ミシェルは生還の喜びをかみしめていた。
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