(3)
数日後。
ミシェルとデイナ、ロイが午後のお茶をしながら歓談しているところに、エレイナがやってきた。
「あの……。ミシェル様にお手紙が届いたのですが」
三人の邪魔をしたくなかったのか、とても言いにくそうに切り出したエレイナが、立派な封筒を差し出した。
「私に? 誰かしら」
「レスター・ボードウィン伯爵様です」
「レスターが?」
レスターは、両親が決めた元婚約者で、大切な幼馴染だ。
ミシェルが嬉しそうに立ち上がると、エレイナはその封書を手渡した。
「ご使者の方は、急いでいると言われて、もう帰られました」
「まあ、雪が降っているのに」
そうつぶやきながら、ミシェルはそわそわと封書を開け始める。
ロイとデイナは、ミシェルに気を使って、エレイナと外の雪の様子などを話し始めた。
だが、嬉しそうに手紙を読んでいたミシェルの表情が、次第に強張っていくのに、三人はおしゃべりをやめてしまう。
「エレイナ。使者の方は、もう帰ってしまわれたの?」
厳しい表情のミシェルに、エレイナは驚いたように頷いてみせる。
「はい。お引止めしたのですが、急いでいるとおっしゃって。いけませんでしたでしょうか?」
「いいえ、いいのよ。ただ、これが本当にレスターからの手紙か、確認したかったの」
レスターの部下なら、ミシェルは知っている者ばかりだ。
使者に会えば、すぐにわかる。
「変な手紙だったの?」
デイナが聞くと、ミシェルは困った顔で一同に向き直った。
「私の実家に、来てほしいと言ってるんです。しかも、グリフィスが来るからって」
デイナとロイの驚いた顔に、ミシェルは小さく頷く。
「すぐには信じられないでしょう? レスターがグリフィスを説得してくれて、私と会わせようとしてくれているんです」
レスターからの手紙には、こう書いてあった。
『親愛なるミシェル。
王城を出たと、噂に聞きました。
今はサザーラント公爵の別荘にいるとのこと。体調はいかがですか?
先日、私は陛下にお会いすることが出来ました。
この婚約がなぜ破棄されたのか、君を守るといった彼が、なぜ君を放り出したのか。
私には彼から直接、その理由を聞く権利があると、君も思うだろう?
だが、納得のいく説明をしてもらえなかった。
記憶を失っているのだから、それも仕方がないとはいえ、諦めはつかない。
また、彼も責任を感じているように見えた。
そこで、私は、彼に君と二人きりで会い、きちんと話をすることを提案した。
私が思うに、君達はお互いに誤解し、すれ違っているように思える。
直接会って、率直に話をすれば、もっと二人の距離も縮まるだろう。
そこで、陛下に、君の実家にお忍びで来てもらうことになった。
この手紙を書き終わったら、私と一緒に出発する予定だ。
君がこれを読んでいる頃、私達は到着しているかもしれない。
君にもわかっていると思うが、陛下はとても忙しい。
しかも、お忍びで何日も城をあけるわけにはいかない。
この手紙が着いたらすぐに、実家に戻ってきてほしい。
陛下と私は、君の実家で二日、君の到着を待つつもりだ。
場所を君の実家にしたのは、陛下に来てもらうことで、何か変化があるのではないかと思ったからだ。
失われた記憶の多くは、君の実家での日々だ。
あそこに行くことで、彼の記憶に何か変化があるかもしれない。
彼の記憶が戻ることが、なにより一番の解決方法だからね。
それから、このことを知る者は、できるだけ少ないほうがいい。
陛下には十分な護衛をつけることが出来ないからね。
気をつけて、そしてすぐに来てほしい、ミシェル。
陛下は、君に会って話をしたいと言っている。
誕生日にもらったメッセージの、返事をしたいそうだよ。』
「でも、ミシェル様のご実家は、ここからだと丸一日はかかりますよ」
「そうだな。早朝に出て、夕方に着けばいいという感じか。しかも、かなりの悪路になる」
デイナとロイが、否定的な口調で、そう話す。
王城から、この別荘まで、一泊二日の距離がある。
そして、王城からミシェルの実家までも、ほぼ同じ距離。一泊二日だ。
この別荘から、ミシェルの実家までは、丸一日かかる。
グリフィスは、あと二日しか待っていてくれない。
ミシェルは明日の朝出発しなければ、グリフィスとゆっくり話す時間をもてないだろう。
だが、ミシェルの実家と別荘を結ぶ道は、基本的に山道となり、雪の深い今、馬車で行くのはかなり難しい。
「駄目ですよ、ミシェル様」
予想通り、デイナがきっぱりとそう言った。
「身重の体では、こんな旅、絶対に無理です。わかっていますね? あなたの体は、もうあなただけのものではないんですから」
「デイナの言うとおりです、ミシェル様。馬車は使えません。並みの女性でも、難しい旅になるでしょう」
ミシェルは、小さく息を吸う。
今が、告白するチャンスだ。
「なかったわ」
意味がわからず、デイナとロイは不思議そうな顔になる。
「だから、その……。懐妊はなかったの」
ミシェルは真っ赤になってしまった。
デイナだけならともかく、男性のロイの前で、これを言うのはかなり恥ずかしかったのだ。
「確かですか? 月のものじゃなくて、子供が危なくなっているとかじゃないですか?」
デイナは、ロイの前でもこういう話題が平気のようだった。
恥ずかしがっているような話ではないということかもしれないが、まだ若く未婚のミシェルには、顔から火が吹き出るほど恥ずかしかった。
「ないです。絶対です」
そう言われるだろうと思っていたから、月のものが始まっていつものように終わるまで、話そうと思えなかったのだ。
「サザーラント公爵様には、私から書状を出しておきましたから」
「まあ、いつの間に」
「昨日です」
デイナとロイに直接話すより、ユーシスに文章で知らせるほうがまだ恥ずかしくなかったので、先に知らせておいたのだ。
きっと今頃、ユーシスの手元に届いているはず。
「それじゃあ、本当なんですね?」
「本当です」
デイナとロイは、明らかにがっかりした表情で、顔を見合わせている。
ミシェルもそうじゃないと思っていつつも、本当に違ったとわかったときは、なんだか大切なものを失ってしまったような喪失感を覚えたぐらいだ。
期待していたデイナとロイは、かなり残念なのだろう。
「あの、だからですね。私、行こうと思います」
話題を変えたくて、ミシェルはそう言った。
「駄目です。これは罠かもしれません」
だが、デイナは身を乗り出して、怖い顔で首を横に振る。
「未だにミシェル様を亡き者にしようとしている暗殺者がいるのかもしれません。こんな雪の悪路で、襲われたら一たまりもありませんよ」
「どうかしら。罠にしては、巧妙すぎると思うわ。わざわざレスターの名前まで出してきて」
今まで、ミシェルを狙ってきた者の手口は、非常にシンプルだった。
矢を射る、ヘッドボードに警告のナイフを突き立てる。
本気で殺そうというよりも、脅しの意味合いが強かった。
今回が罠なら、今までとはあまりにもやり方が違う。
「でも、どうしてこのタイミングなの? 私はこのまま春になったら実家に帰ると、王城の誰もが考えているんじゃないかしら」
「ご懐妊されていることが、漏れているかもしれません」
ロイが顎に手をやりながら、そう言った。
「正しくは、ご懐妊しているかもしれないという情報がですね。それなら、このタイミングが、非常に納得いくものになります」
「ロイ。このことを知っているのは、とても限られているのよ」
「そうです。ユーシス様と、この別荘の者達だけです」
別荘の中で、誰か裏切り者がいるのだと、ロイの口調はそう言っていた。
ミシェルは小さく息を呑むと、ロイとデイナの視線の先を追う。
エレイナが蒼白になり、三人の視線から逃げるように、おろおろと視線をさまよわせていた。
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