(4)
グリフィスはミシェルを見つけた場所へ、雪の中、走っていた。
「確か、この辺だったはずだが」
雪に覆われて白くなったせいもあって、ミシェルがいた位置が確定しにくかった。
グリフィスはミシェルを見つけた廊下まで戻って、場所を再度確認する。
ミシェルがうずくまっていた位置には、大きな花壇があった。
あの時に、こんな花壇はなかったはずだ。
グリフィスは、綺麗に手入れされている花壇をしばし眺めていたが、心の中で庭師にわびると、おもむろに掘り返し始めた。
だが、道具もなしに、そう深くは掘れない。
すぐにグリフィスの指の爪はぼろぼろになり、はげ落ちそうになった。
ミシェルがここを選んだ理由を、グリフィスはすぐに理解する。
当時、ここは花壇にするために土が掘り返されていたのだろう。
しかも、あの日は早朝からずっと雨が降っていた。きっと、地面はかなり柔らかくなっていたに違いない。
今日も朝から雨だったが、気温があの日とはまるで違い、地面は固く凍ってしまっていた。
それでも、グリフィスはミシェルへの罪悪感と、ミシェルは素手で掘ったのだという思いで、道具を使う気にはなれなかった。
爪がはがれだし、周囲の白い雪に、泥の黒とグリフィスの血の赤が混じり始める。
そして、雪が舞い散る寒さの中でも、グリフィスの額にじっとりと汗がにじみ出てきた頃、ようやくグリフィスの指は土ではない物に触れた。
あの時、明かりはほとんどない暗闇で、ミシェルの持ってきたプレゼントの包みがどんな色だったか、グリフィスは覚えていない。
覚えていたとしても、地中の中で一ヶ月以上たった今、かなり変色して元の色など全くわからなくなっていた。
包装紙を外し始めると、包装紙の隙間から地中の小さな虫がいくつも出てくる。
それを払いのけながら紙を取ると、思ったよりもしっかりとした状態の箱が現れた。
グリフィスは、震える指で箱を開ける。
分厚い紙の箱はかなり湿っていたが、なんとかまだ箱としての機能を果たしていた。
中には、美しい刺繍が施されたベストと、一通の封書が入っていた。
封書へと指を伸ばしかけ、グリフィスは自分の指が泥と血でものすごく汚れていることに気がついた。
はやる心を抑えつつ、綺麗な雪で手を清める。
そして、爪のはがれていない指で、慎重に封筒を取り上げた。
かなり湿ってしんなりとなったカードを開くと、田舎伯爵の娘とは思えない美しい文字が並んでいた。
ミシェルは思っていた以上に学があるのだろう。文章は、国王に対するきちんとした定型文と挨拶で始まっていた。
グリフィスはそこを流し読みすると、自分の欲しい言葉を必死に探し求めた。
『陛下が私のことを、お金目当ての女だと思われるのはわかるつもりです。私は貴族とは名ばかりの田舎者ですから。
ですが、私の父も母も、中央での権力にはまるで興味のない本当の田舎者です。領地の森をなによりも愛し、たとえ私が王妃になったとしても、領地を離れることはないでしょう。
私も同じです。私が故郷を離れ、不釣合いな王城に来たのは、ただ愛している人がそう望んだからに他なりません。』
『私がきちんと陛下と婚約した経緯をお話していないのが悪いのかもしれません。
ですが、陛下は私と婚約したことを過去の過ちと思われていて、なかなか勇気を出すことが出来ませんでした。
これでは、陛下にお金目当てだったと責められても仕方ないのかもしれません。』
『私が望むのは、ただ愛している方の側にいること。』
『陛下のお側に、いることだけなのです。』
『私とお話をしてくださる時間をとっては頂けないでしょうか?
私達がどう出会い、何を話し、どんな時間を共有したのか、知っていただきたい。
そして、私という女を知り、陛下をお慕いしている気持ちを、わかっていただきたいのです。信じて頂きたいのです。』
信じる。
それは、グリフィスにとって、何よりも難しいことだった。
婚約したのは、金目当てだと決め付けた。
どうやらそうではないとわかると、今度はミシェルが愛しているのは、記憶を失う前の自分だと決め付けた。
ミシェルの気持ちを信じたくなかったからだ。
そして、失われた記憶の中の、ミシェルを愛した自分も信じなかった。
信じることより、自分は過ちを犯したのだと思うほうが楽だったからだ。
「……無理だ。俺には、無理だ」
信じられない。
ミシェルの気持ちも。
ミシェルを愛する、自分の気持ちも。
どうやって信じればいい。
何を信じればいい。何を根拠に信じればいい。
人など、傷つきやすい、愚かな弱い生き物だ。
人を愛せば、欲に取り付かれれば、いとも簡単に人を裏切る。傷つける。
為政者として優れていた父を愛していた。
いつか、イザベラから目を覚まし、以前のような父に戻ってくれるだろうと信じていた。
だが、父はイザベラに捕らわれたまま、帰らぬ人となった。
最後まで、グリフィスの諫言を聞いてくれようともしなかった。
姉のように慕い、憧れていたイザベラも同じだ。
王妃になった途端、その権力を使い、好き勝手やりはじめた。
さらには、グリフィスを得るために、滅茶苦茶なことをやった。
誰かを愛し、独占欲に身を焦がしたとき、人はここまで自分勝手になれるのだと、グリフィスは知った。
そして、人よりも感情的で情熱的な自分も、こうなってしまうのではないかと、ただただ恐ろしかった。
誰も愛さなければいい。
そうすれば、父とイザベラのような末路をたどらずにすむ。
だが、ミシェルを思う気持ちは、彼女の愛を得たいと願うこの気持ちは、押さえようがない。
苦しくて苦しくて、自分でもどうしようもなく、苦しくて。
グリフィスは膝を突き、震える手をぎゅっと握り締めた。
胸の中で嵐のような感情が吹き荒れ、叫びだしてしまいそうになるのを、唇をかんで耐える。
どうすればいい。
これからどうすればいい。
もう限界だ。
ミシェルが信じるに値しない女だと自分に言い聞かせるのも、ミシェルにひかれていく自分を抑えるのも。
「……ミシェル」
グリフィスはぎゅっと服の胸をつかむと、あえぐような息をつく。
「ミシェル……お願いだ」
信じさせてほしい。
愛しているという、その気持ちを。
そして、君を愛しても、何も怖くはないのだということを。
二人の気持ちに、何も間違いはないのだと。
「お願いだ。俺を」
救ってほしい。
ぐっと閉ざされた瞼の端から、涙が一筋、頬に落ちていった。
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